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新型コロナウイルスは不可抗力な災害か?【防災を知る一冊】

   9月1日は「防災の日」。1923(大正12)年9月1日に関東大震災が起きてから、もうすぐ100年になろうとしている。また、近年は9月に大型台風が上陸したり、長雨が続いたりして、各地で風水害も発生している。9月は防災、自然災害、気候変動、地球温暖化をテーマにした本を随時、紹介していこう。

   平成の30年間は自然災害の時代だった。阪神・淡路大震災、東日本大震災そして熊本地震。北海道胆振東部地震もあった。さらに大規模豪雨災害も多かった。

   一方で、事業を継続する持続可能性(サスティナビリティ)が重視されるようになり、企業にとって、大規模自然災害に向けた「防災・減災」の準備と対応は、最重要課題となった。本書「防災・減災の法務」(有斐閣)は、いまだ事業継続計画(BCP)が策定されていない中堅企業に向けて、スキルやノウハウを提示した本である。弁護士が分担して執筆、編集している。

「防災・減災の法務」(中野明安・津久井進 編)有斐閣
  • 地震で押しつぶされた家屋(写真は、2016年4月に起こった熊本地震)
    地震で押しつぶされた家屋(写真は、2016年4月に起こった熊本地震)
  • 地震で押しつぶされた家屋(写真は、2016年4月に起こった熊本地震)

小さな企業での事業継続計画

   企業は自然災害が原因の被害に責任を負うか? この問いに対して、こう説明している。「企業は、自然災害によって引き起こされた具体的な危険から、従業員、顧客、施設利用者等の生命・身体・財産の安全を守る法的義務、すなわち『安全配慮義務』を負っています」。

   東日本大震災による津波の犠牲者の遺族が、行政や会社を相手方にした損害賠償請求訴訟(津波被災訴訟)の第一審判決を紹介し、自然災害は不可抗力なので企業は法的責任を負わないというのは誤りであることを明確にしている。

   地震、津波、台風、豪雨、土砂災害、突風、豪雪など、あらゆる災害を経験し、その記録と教訓が蓄積されているわが国においては、自然災害だからといって、安全配慮義務を免れることはないと考えるべきだ。事業継続計画(BCP)の構築にあたっては、まず会社が従業員・関係者の生命・健康などの安全を守れる体制を考え、つくりあげていくことが前提条件になるという。

   そのうえで、災害対策をコストではなくプラスの投資であるとの考えをもってもらいたい、と説明している。BCPの策定や、その前提となる安全配慮義務を果たすための物的な準備や人材育成は、企業の信頼性を向上し、顧客に対するアピールポイントにもなり、また現実の災害時における物的・人的被害を軽減することに直結するからだ。

   中小企業・家族経営企業のBCPはどうあるべきか。大企業のBCPの「簡素版」では使えないという。「どうしたいのか」「どうあるべきなのか」という災害時の「生々しい」困難の事例を具体的に予測したうえで、事業を続けていくために必要なことを「積み上げ型」で策定するほうが、より実効性と即効性があるという。

   被災しても、形を変えてどうやって事業を継続していくのか、経営者だけでなく、従業員全員あるいは家族全員を巻き込んで、話をする。その記録こそが「BCP」になる。

   中小企業庁が提供している「BCP取組状況チェック」には、以下のような質問がある。

〇緊急時に必要な従業員が出社できない場合に、代行できる従業員を育成していますか?
〇1週間または1カ月程度、事業を中断した際の損失を把握していますか?
〇情報のコピーまたはバックアップをとっていますか?
〇社長であるあなたが出張中だったり、負傷したりした場合、代わりの者が指揮をとる体制が整っていますか?

コロナ休業時の給料は?

   第2部では場面別に災害対応の法律問題を解説している。たとえば、従業員・労働者との関係では、業務継続か休業か、休業時の賃金をどうするかなどの問題を取り上げている。

   具体的に、新型コロナウイルスの感染拡大で緊急事態宣言が発令された際の居酒屋チェーンで営業自粛時に給料をどう手当てしたらいいか、というケースを検討している。

   新型コロナウイルスによる営業中止が不可抗力かどうか、政府が明確な方針を出さなかったこともあり、専門家の間でも判断が対立しているようだ。また判例も確立していない。

   本書では、不可抗力による休業と考え、従業員に対する賃金の支払い義務は免除されると説明している。しかし、それが社会的に正しいかどうかは別問題だとして、自然災害で休業を余儀なくされたケースと比較して、検討している。

   大災害時には、「雇用調整助成金」と「雇用保険」の特例があり、実際に新型コロナウイルスへの対応でとられた措置を説明している。

   さらに、株主・オーナー経営者との関係、取引先・顧客との関係、近隣・来場者・地域との関係など、いくつかの場面を想定しているので、役立つだろう。また、企業以外の地方自治体、学校、病院・医療機関、介護・福祉施設、自主防災組織、NPO・ボランティア団体を想定した対応にも触れている。

   法律家がここまで、さまざまな主体と場面を想定して、災害対応に備えていることに驚いた。しかし、実際の裁判例などを題材としているので、絵空事ではない。津波避難に関する学校の責任という項目では、東日本大震災時、石巻市立大川小学校で児童74人、教職員10人が死亡・行方不明となった津波被害と、その裁判について詳しくふれている。

   高裁判決では、「安全確保義務」と「組織過失」を認定し、結論として国家賠償責任を認めた。

   本書の副題は、「事業継続のために何をすべきか」となっている。企業や組織の防災担当者ではなくても、災害法務の実践の考え方を知っておくのは有益なことだろう。

   新型コロナウイルスへの対応が自然災害と比べて検討されていることにも驚いた。ある意味、これ以上ない「天災」だったかもしれない。(渡辺淳悦)

「防災・減災の法務」
中野明安・津久井進 編
有斐閣
3850円(税込)