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5%の国民が「考える消費」をすれば、日本は世界のリーダーになれる!?

   岸田文雄首相が「新しい資本主義」というキャッチフレーズを掲げている。その中身はまだ不透明だが、資本主義の見直しに、国民の関心が集まっているのは確かだ。

   本書「サステナブル資本主義」は、持続可能な社会を実現する新しい「資本主義」がどうすれば実現するかを論じた本だ。ユニコーン企業などに200億円投資し、成長企業を支援する経営・投資のプロが現場からSDGs(持続可能な開発目標)時代のヒントを導き出している。

「サステナブル資本主義」(村上誠典著)祥伝社
世界はお金が余っている でも、それでいいのか!?
世界はお金が余っている でも、それでいいのか!?

世界はお金が余っている

   著者の村上誠典さんは、シニフィアン株式会社共同代表。東京大学・宇宙科学研究所(現JAXA)を経て、ゴールドマン・サックス証券に入社。M&A、資金調達、IR、コーポレートファイナンスの専門家としてグローバル企業の戦略的転換を数多く経験。2017年に「未来世代に引き継ぐ産業創出」をテーマにシニフィアンを創業。スタートアップ投資や経営支援、成長企業向けのアドバイザーを行っている。

   本書の副題は「5%の『考える消費』が社会を変える」。「経済を拡大させ、労働分配率を引き上げる。そのために消費者ができること」という帯に引かれた。投資家や企業ではなく、消費者に資本主義を変える力があるのだろうか。そうした興味で読み始めた。

   資本主義の歪みを正そうと、「ESG(環境・社会・企業統治の頭文字をとった言葉で投資の際に長期的な成長を図るための観点)」や「SDGs」を意識した議論が最も活発に行われているのが、機関投資家を中心とした資本市場や金融機関だという。

   カネ余りを背景に、何千兆円というお金が持続可能な社会を目指し、投資という形で後押しされている。村上さんはこれに賛同しながらも、投資でできることには限界があるというのだ。今のままの資本主義のルールを前提にしていては、持続可能な社会の実現に不安を感じているのが、執筆の動機だという。

   働いている我々にはお金が余っているという実感はない。しかし、世界では実際にお金は余っているというところから書き出している。フランスの経済学者トマ・ピケティが近年明らかにした法則「r>g」から説明している。

   資本によるリターン「r」は、実体経済の成長率「g」を上回る不等式で、資本成長率が経済成長率を上回るというものだ。つまり、お金を持つ者はさらに富を得て、持たざる者との格差が広がる、という資本主義の功罪を端的に示している。

   単純化すると、現在、世界では以下のことが起きているという。

   人口が増加する→インフラ整備や、商品やサービスの購入量が増加する→一人当たりの実質GDP(国内総生産)が増加する→企業の売上高、利益が増加し、保有現金が増加する株式時価総額が増加する→投資家のお金が増加する。

   お金は個人、企業、投資家の3つのステージで増えるが、企業が手にするお金の価値以上に投資家の株式の保有価値が上昇する仕組みになっている。

消費者の共感を集めて企業は拡大する

   村上さんは地球を一つの株式会社と考える思考実験を通して、資本主義のあり方を考えた。今、資本主義の株式会社地球で起きていることは、企業ファイナンスで語るなら、不正会計、経営責任、訴訟という状況だという。

   そして、サステナブル資本主義に必要な3つの視点とは、人がサステナブル、お金がサステナブル、すべてのステークホルダーがサステナブルということだ。人、お金、すべてのステークホルダーのそれぞれをサステナブルにするとは、より長期的に、より広い視点で価値やコストを自覚し、それを前提に未来を見据えて一人ひとりが行動していくことだ、と結論づける。

   メルカリやLINE、Netflixなどの事例を紹介し、消費者や労働者の共感を集めることができれば、大きく拡大することができることを説明している。サステナブル資本主義は、ミッションを軸にした経営で、消費者と労働者の共感を買うための仕組みだからだ。

   さらに今、世界で急拡大している「SaaS(Software as a Service)」などのサブスクリプション型のビジネスに言及している。このサービスの特徴は、技術的にソフトウェアであることや、クラウドを活用していることだけにとどまらない。一度契約してそのサービスを利用すると、徐々に機能が拡大され、使いやすいものになっていく。ユーザーが不満や改善点を指摘し、それを聞いた企業が改善することで、造り込まれていくのだ。

   サービスやプロダクトに共感し、価値を感じた消費者が行う「考える消費」が投資家の資本を動かすのである。いくつかのSaaS企業の例を紹介し、ほんの少しの初期ユーザーの消費が、瞬く間に数十億円の資金調達を可能にし、その資金でさらなるユーザーの獲得や商品の開発が可能になる。今巨大化した米IT企業のGAFAM(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフト)もそのようにして拡大してきたという。

   消費者が投資家マインドをはぐくむには、消費を投資だと考え、考える消費を行うこと、労働も投資と考えること、さらに余剰資金を投資することの3つの方法がある、としている。

国が果たす役割は明確なミッションを掲げること

   最後の章で、サステナブル資本主義への方向転換は、日本にとって大きなチャンスであり、実現すれば世界のリーダーになれると説いている。

   iPhoneが世界で最も普及したほど個人が十分に豊かであること、教育インフラがあり教育水準も高く、ファイナンスや投資、経営、世界のトレンド、社会課題について教える機会を提供できれば、強い武器になるからだ。

   また、日本は人口減少、高齢化社会という課題に直面しているが、世界でより早く課題に触れられるのはメリットだという。

   国が果たす役割は、巨額な資金提供ではなく、明確なミッションを掲げることだとし、日本がコミットしていくべき領域、投資していくべき領域は、デジタル技術、生命科学、分子素材、経営の4つだと断言している。

   そして、人口の5%が「考える消費」をしていけるなら、大きな力になる、と結んでいる。日本の未来について暗い話題が多い昨今、久しぶりに明るい展望を語った本を読んだ気がした。しかし、それは無条件に訪れるわけではない。村上さんは、今は「江戸時代末期から開国に向かった幕末に近いような気もしています」と書いている。

   この変革期に、一人ひとりの国民が意識を変革していくことが求められている。

「サステナブル資本主義」
村上誠典著
祥伝社
1760円(税込)