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霞ヶ関官僚が読む本
日本の財政はなぜ再建できないのか 「痛み伴う決断できない」予算の構造問題

   安倍総理は、10月1日(2013年)、来年4月からの8%への消費税率引き上げを予定通り行うとの判断を公表した。日本経済新聞編集委員清水真人氏の新著『消費税 政と官との「十年戦争」』(新潮社 2013年)は、税が国家権力といかに密接にかかわるか、日本の財政史にも残るであろう、小泉内閣から野田内閣にいたる消費税の取扱いを、関係者への綿密な取材をもとに活写した。

   京都大学名誉教授の大嶽秀夫氏の傑作『アデナウアーと吉田茂』(中公叢書 1986年)でも指摘されているが、「裏の世界」も大切だが、表の「コトバ」がだんだんと力をもつに至る過程(増税検討を規定した09年度税制改正法附則104条にいたる議論の経緯)がある種の感慨をさそう。

政策への影響力行使の仕方

 『日本の財政』
『日本の財政』

   また、民主党政権下で、朝日新聞の財務省担当記者だった伊藤裕香子氏の『消費税日記 検証786日の攻防』(プレジデント社 2013年)は、財政規律の重みを知る財務大臣経験者の野田佳彦総理と谷垣禎一自民党総裁が対峙したという歴史の偶然が、何度となく挫折した消費税増税法案を成立させた事情を詳細に描く。なお、元政府税制調査会長の石弘光氏の『増税時代―われわれは、どう向き合うべきか』(ちくま新書 2012年)も有意義だ。

   これらの本を素直に読めば、神ならぬ官僚など一部の人間が、陰謀を働かせ裏で糸を引き世の中を思い通りに動かしているとするのは無理であり、いわゆる「○○陰謀論」は知識人が陥りやすい罠だとわかる。秦郁彦著『陰謀史観』(新潮新書 2012年)は必読だ。

   税制改革における大蔵官僚の影響力を学術的に分析したのが、加藤淳子著『税制改革と官僚制』(東京大学出版会 1997年)だ。現在東京大学大学院法学政治学研究科教授の加藤氏は、この著書で、1970年代から1990年半ばまでの消費税に関わる政治を調査・研究し、「官僚の政策への影響力の行使は、政策知識の独占により、政治家を実質的に決定から遠ざけることによってではなく、政治家へ積極的に政策知識や情報を供与し、共通の政策観を持つ集団を政治家の中に確保し、この集団に与党内の政策に関する合意の形成や官僚の提案する政策の支持のために自発的協力を求めることによって行われる」とする。そして、官僚を純然たる政策スタッフとして扱うならば、政策知識を具体的な政策提案に結びつける、官僚以外の専門家集団が必要だという。

国家目標を新たに設定し直すという可能性も

   しかし、『平成デモクラシー 政治改革25年の歴史』(佐々木毅ほか著 講談社 2013年)で回顧されているが、その「設計主義」に基づく努力はこれまでのところ必ずしもうまくいっていない。近代国家の運営に不可避の官僚機構をことさら敵視し国政を停滞させた事情を分析する『民主党政権 失敗の検証』(日本再建イニシアティブ著 中公新書 2013年)も示唆深い。

   そこで、『近代日本の官僚』(清水唯一朗著 中公新書 2013年)が示す明治以来の政党と官僚の良き協調の時代に鑑みれば、村松岐夫著『日本の行政』(中公新書 1994年)が示す行政学の通説(官僚は政策の選択肢を進言する技術者に徹すべし)が示す方向とは異なるが、その良き協調の再構築のため、今後日本が目指す国家目標を新たに設定し直すことも現実に探るべき時期ではないか。

   なぜ、財政再建ができないのか、その理由を日本の予算制度に着目し、詳細に探ったのが、元財務官僚の田中秀明・明治大学公共政策大学院教授の『日本の財政』(中公新書 2013年)だ。予算をつくる仕組みや制度における透明性の欠如、政治的な意思決定システムが分権化していて痛みを伴う決断ができないことなど問題点がこれでもかというように指摘される。「財政問題は、とかく自分とは関係ないと考えがちであるが、国民が理解して初めて問題解決に向けた第一歩になる」という前向き姿勢の本書に学ぶところは多い。2020年の東京オリンピック開催が、ギリシアのように国家破綻前の「最期の宴」であったと言われないで済むかどうか、開催までの7年間はまさに日本の正念場だ。

経済官庁B(課長級 出向中)AK

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【霞ヶ関官僚が読む本】 現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で、「本や資料をどう読むか」、「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。