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【書評ウォッチ】ブームのイベリコ豚から食文化を見る 素朴な疑問から出発して

   世界的な高級食材が日本のあちこちで売られている。コンビニでも回転ずしでも。手軽なのはありがたいが、そもそも数が限られているはずでは? 『イベリコ豚を買いに』(野地秩嘉著、小学館)は素朴な疑問から出発して、取材どころか豚肉商人にまでなってしまう話。その間には、幻の豚を守り育ててきたスペイン人の情熱や生ハム作りにかける職人たちとその家族の人間模様がある。「食は文化だ」の常套句にはおさまらない人と豚の物語ができあがった。【2014年5月18日(日)の各紙からⅠ】

自分で買って生ハム作りへ

『イベリコ豚を買いに』(野地秩嘉著、小学館)
『イベリコ豚を買いに』(野地秩嘉著、小学館)

   きっかけは、秋田県のスナックで「イベリコ豚のメンチカツ」を食べながら、ふとわいた疑問だそうだ。それで調べていこうと思いたって実行するあたりはノンフィクションライターの真骨頂。ただし、野次馬的な取材だけではすまなかった。

   この豚はスペインの森で放し飼いにされ、木の実を食べる。「どんぐりで育ったイベリコ豚」のフレーズはここから生まれたらしい。だから、グレーの巨体から作った生ハムにはほんのりとナッツの香りが。これを著者が食べたときの驚きは感動的だが、それからが問題だ。この本の特徴もここにある。

   口蹄疫を警戒して、スペイン側は取材をなかなかさせてくれない。ならばと、2頭分の肉を買い、フランス料理のシェフや流通のプロと生ハムを開発することに。「半信半疑だった人たちが巻き込まれ、いつしか子どものように熱中していく」「プロと素人の出会いが、情熱の幸福な還流を引き起こす」と、日経新聞の評者・星野博美さん。食べ物紀行から食文化論に通じ、ユニークなビジネス書の側面もそなえている。

理解されないままにブーム広がる

   で、日本中のイベリコ豚メニューが本物かどうかの問題はどうしたか。全国の流通肉がのこらずDNA検査をされたわけでもない。「怪しい」「いや、ニセなら消費者庁がだまっていないはずだから本物だ」と論争は続くが、本から少なくとも言えるのはイベリコ豚本来の魅力がいまひとつ理解されないままにブームが広がっていったことだろう。

   脂身に特長がある肉だから本来、生ハムを中心に加工向きという。理解不足か、それとも的確な扱い方などおかまいなしの人気先行・販売優先の結果か、全国にイベリコ豚の看板がたつブームの現状をこの本がクローズアップする。

   イベリコ豚の生ハムは「食べたことがないおいしさ。同じ肉とは思えなかった」と、著者は東京新聞11日付朝刊で証言している。「本当に文化だといえる食べ物はそんなにたくさんないのでは」とも。「食文化」を理解し、食べこなすのは容易でない。

(ジャーナリスト 高橋俊一)

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