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地域の個性を磨いてこそ成る「地方創生」

「里山資本主義-日本経済は「安心の原理」で動く」(藻谷浩介/NHK広島取材班、角川書店)

   1月末から通常国会が始まり、今、まさに平成27年度予算について議論が行われている。その平成27年度予算の3本柱の一つである「地方創生」は、我々が今、全力で取り組まなければならない最重要テーマであり、その検討課題の一つが、中山間地域といった条件不利地域をどのように考えるかである。

   条件不利地域は、基本的には国の支援なしには成り立たない。しかし、現在我が国が直面する少子高齢化や巨額の財政赤字といった問題を考えれば、国が一方的に支援する構造から脱却し、そうした地域でもある程度自律的なサイクルを構築する必要がある。

   そうした問題意識を持ちながら、ふと手に取ったのが本書だ。

  • 里山資本主義
    里山資本主義
  • 里山資本主義

お金に依存しないサブシステムを再構築

   本書は、現在のグローバルな経済を「マッチョな経済」である「マネー資本主義」と名付ける。そして、この考え方一辺倒になることに警鐘を鳴らし、これと対極の「しなやかな経済」である「里山資本主義」を提唱する。

   「里山資本主義」は、「お金の循環がすべてを決するという前提で構築された『マネー資本主義』の経済システムの横に、こっそりと、お金に依存しないサブシステムを再構築しておこうという考え方」と定義されている。

   具体的には、里山という前近代からの資産を活用することにより、お金が乏しくなっても、我々が生きるのに必要な水と食料と燃料が手に入り続ける仕組みをいわば保険として予め用意しておこうという実践だという。

   そして、「里山資本主義」は、「マネー資本主義」の中で生まれた将来に対する不安・不満・不信を乗り越えさせ、少子化や高齢化に対する解決策となると説く。

   本書はこうした考え方をいくつかの具体的な事例を述べて展開する。例えば、岡山県真庭市で製材工場から出る木くずを発電に用いるとともに木質ペレットという燃料に加工して販売することにより経営を立て直した製材会社の話。山口県の周防大島で地元の果樹生産者とwin-winの関係を築きながら利益を上げているジャム屋さんの話。広島県庄原市で空き家をデイサービスセンターとして活用するとともに入所者が作る野菜を施設で利用することにより、経費節減を図りつつ入所者の張り合いも取り戻した社会福祉法人の話などだ。

富を産み出す源泉を山に求める

   本書の全体を通じての論調は、さほど目新しいものではない。一言で言えばグローバリズムへのアンチテーゼ。「物質的な豊かさ」に対して「精神的な豊かさ」の重要性を強調したり、「ナンバーワン」ではなく「オンリーワン」でいいと言ってみたりしてきた論調の一形態である。

   しかし、「里山」を起点としたサブシステムを構築するという提案は、条件不利地域における「地方創生」を考えるに当たって重要な視点を再認識させられる。

   一つは、富を産み出す源泉を山に求めるという視点だ。山は基本的に条件不利地域を形成する大きな要因であり、実際多くの条件不利地域は山村だ。これに対し、本書は「マネー資本主義の下では条件不利とみなされてきた過疎地域にこそ、つまり人口当たりの自然エネルギー量が大きく、前近代からの資産が不稼働のまま残されている地域にこそ、より大きな可能性がある」と指摘する。

   このように、地域に豊富に存在する「山」というものを資源化し、それを最大限活用できれば、条件不利地域においても、自律的かつ持続的な社会・経済活動が十分可能になる。上述の真庭市の製材会社の例では、木くずを活用することとした結果、以前に比べて年間4億円収支が改善し、更にその上、木質ペレットの販売による収入も得られるという。なにも、こうした地域に日本全体を支えるだけの富を産み出すことを期待する必要はない。その地域を支えられるだけの富を産み出すだけで十分だ。そういった地域がいくつも出てくれば、地方の創生は大きく進む。

ハコモノによる振興に頼らない

   もう一つは、工場の誘致や観光の振興といった従来型の地域振興に頼らないという視点である。つまり、外部からハコモノを調達することによってではなく、それぞれの地域において、当たり前と考えられてきたものに価値を見出し、それを資源として活用することによって、地域を活性化しようとすることである。本書は、「価値がないと思い込んでいたものが実は町作りの武器になる、東京にはないものだからこそ、東京とは違う魅力をつくっていける」と指摘する。

   条件不利地域に東京と同じものを再現しようとすれば、初期コストだけでなく、その維持管理コストも莫大になる。他方、その地域はそもそも「条件不利」なので、そうしたことをしたとしても他の地域と比較して特段魅力が増すわけではなく、結局は重いツケだけが残るといったことになりがちだ。そうではなく、その地域の個性をより磨く形で地域振興をすることが重要なのだ。

   これらの点は当たり前といえば当たり前だが、本書ではこうした点が実例を交えて熱く語られており、やはりそうだなと実感させられる。そして、国としても、こうした先進的な取組に最大限応えるべく、障害となっている制度を改善したり、背中を押すための財政的支援を行ったりすることが必要だと強く感じる。

   しかし、全ての地域が本書で語られているような実践をするわけではないだろう、と考える時、そうした地域に対して我々はどう関与すべきか、ということも同時に考えさせられる。地域間競争の中で自然に淘汰されるのに任せるべきか。パターナリスティックに介入すべきか。介入するとして、バラマキ以上の何かができるか。人口減少社会が現実のものとなる中、「地方創生のために何をすべきか」というのは大きな課題だが、「どこまでするか」というのもまた大きな課題なのだ。

(経済官庁 室長級)

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。