2019年 12月 15日 (日)

霞が関から読み解く漫画版ナウシカ:ポリフォニックな喧噪を愉しむ

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   ■『風の谷のナウシカ』(漫画版)(宮崎駿著、徳間書店)

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   「お前は亡ぼす予定の者たちをあくまであざむくつもりか!! お前が知と技をいくらかかえていても、世界をとりかえる朝には、結局ドレイの手がいるからか。私たちの身体が人工で作り変えられていても、私たちの生命は私たちのものだ。生命は生命の力で生きている。...生きることは変わることだ。王蟲も粘菌も草木も人間も変わっていくだろう。腐海も共に生きるだろう。だが、お前は変われない。組み込まれた予定があるだけだ。...私たちはお前を必要としない」

   本作の劇場版は言わずと知れた国民的作品である。漫画版についても少なからぬ批評家が論じてきた。他方、この『霞が関...』の読者にはこの漫画版を手に取っていない方がおられるだろうし、この折に『霞が関...』らしい視点からその核心について論じておくのも意味のないことではないだろう。

滅ぼされるべき存在

   引用は、ナウシカがシュワの墓所の主に向けた憤怒の言葉である。劇場版は、ナウシカが身を投げ出すことで人間と環境との調和が回復するという幸せな結末を用意しているが、漫画版で彼女が対峙するのは、焼き尽くされる以前の文明の遺したシステムである。瘴気をまき散らす腐海は、有毒物質を浄化するために旧世界の人類が作ったシステムだったこと、ナウシカたち人間そのものも、汚染された大地で生きていけるよう作り替えられた存在だったことが明らかにされる。やがて世界が浄化され、美しく豊かな旧世界が復興するが、ナウシカたちは浄化された世界では生きていくことができないのだ。シュワの墓所に坐す主は、ナウシカに計画を受け入れ、未来の人類のために滅びるよう求める。

   冷静に考えれば、主の要求はもっともなものである。地球環境が浄化され、美しく豊かな文明生活を取り戻すことができる。汚染されたままの地上の生活では、人の命は短く、僅かな土地を求め争いが絶えない。未来の人間を含めた人類の幸福を最大化するためには、「世界をとりかえる」べきなのだ。ところが、ナウシカは主の求めに怒りでもってこたえる。将来復活すべき人類、動植物、芸術・文化の卵までも破壊し尽すことを選ぶのである。たしかにナウシカにしてみれば、従容と滅びを受け入れることは自己利益に反することではある。ただ、未来の人間に比べ現在の自己利益を優遇すべき道徳的根拠などというものはないはずである。

   『風の谷のナウシカ』では、巨神兵なる命と意識を持った人造の大量破壊兵器が登場する。巨神兵を制御するため、ナウシカは自らを彼の母親だと欺き、「私のいいつけを守って、立派な人になれますか」と語りかける。今わの際に、巨神兵は「ぼく立派な人になれたか心配だ」と呟いて斃れる。巨神兵は生まれてくるべきではなかった生命である。腐海のなかから生まれ、世界再生の希望を打ち砕くナウシカもまた、生まれてくるべきではなかった生命であり、主によって欺かれ、滅ぼされるべき存在であった。

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

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