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小室等と谷川俊太郎の「希望」
2017年のプロテストソング

   タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」

   シンガーソングライターに最も影響を与えた詩人というと谷川俊太郎以上の人はいないのではないだろうか。中島みゆきが大学の卒論に取り上げたというエピソードは有名だ。そのきっかけになったのは谷川俊太郎の「私が歌う理由」だったという。彼女はその時のことを「ガーンとやられたと思った」とも書いている。

   中でも、谷川俊太郎の詩を誰よりも歌っているアーティストが小室等である。先月発売になった彼の12年ぶりのアルバム「プロテストソング2」は、全曲が谷川俊太郎作詞である。「2」なのだから「1」もある。

   78年に出したアルバム「プロテストソング」の39年ぶりの「2」となった。

若者たちのギター「教則本」になる

   「去年の初夏だったと思います。俊太郎さんたちと映画を見に行った帰りのタクシーの中で、久しぶりになりますが『プロテストソング2』はどうでしょう、と持ち掛けたんです。俊太郎さんは、いいかもね、と答えて下さって、一週間後には、歌えそうなものを拾ってみました、というメモと一緒に10数編の詩が送られてきました」

   小室等は、筆者が担当するFM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」でのインタビューでそう言った。一人のアーティストを一か月間特集する同番組の11月の特集アーティストが彼だ。

   日本のフォークソングは60年代初めに生まれている。アメリカでは50年代の終わりに学生たちの「埋もれた民謡」の発掘ムーブメントとして始まった。その中からオリジナルの歌を歌う人たちが登場しヒットチャートをにぎわすようになる。具体的には「トム・ドウリー」を全米1位にしたキングストン・トリオやブラザース・フォア、ジョーン・バエズらである。もちろんボブ・ディランもいた。

   小室等は、61年にキングストン・トリオに触発されて音楽をはじめ、そうした一組、ピーター・ポール・アンド・マリー。通称PPMに衝撃を受けて同じようなスタイルのバンドを組みPPMフォロワーズという名前で活動するようになった。1964年。彼は多摩美大の学生だった。「PPMは、ハーモニーの美しさと歌っている曲の社会性が他のグループやアーテイストと全く違っていた。こんなことを歌っているのかと思いました」。

   1966年にPPMフォロワーズが出した「ピーター・ポール・アンド・マリースタイル・フォークギター研究」は、まだ教則本すらなかった時代のギターのお手本となった。60年代にフォークに興味を持った若者の多くがそのアルバムを参考にギターを勉強していた。彼が若くして「長老」と呼ばれていた所以である。

   小室等は1943年11月生まれ。今年74才になる。

   60年代の終わりから70年代にかけてのフォークグループ、六文銭として。72年にソロになってからは、吉田拓郎や井上陽水らとともに新しい時代を切り開く最前線で活動すると同時に、劇作家や現代詩人の詩に曲をつけるという方法で独自な作風を作り上げてきた。

詩は沈黙に近い言葉でプロテストできる

   谷川俊太郎の詩は、69年から歌っている。

「谷川さんを教えてくれたのは、やはり詩人の茨木のり子さんなんです。歌にするんだったら、絶対にこの人の詩を読まないとだめよ、と言ってくれて。とっても日常的で言葉にリズムがある。その時、彼が暮らしていた軽井沢に会いに行って、こういう曲なんですと目の前で歌いました。なんて怖いもの知らずだったんでしょうか(笑)」

   76年には二人のコンビで「いま生きているということ」77年に「父の歌」という名作アルバムも発表している。まだ「コンセプトアルバム」という言葉すらない時代に稀有なクオリティのアルバムだった。78年の「プロテストソング」は、谷川俊太郎・小室等のコンビによる三部作のいわば完結編だった。

「プロテストソングは、書き下ろしと既発表のものと半々だったんですが、今回は、全て既発表の曲。以前よりもどこか悲観的な気がします」

   二枚を聴き比べると、いくつもの変化がある。歌い手としての小室等の声やメロディーには年輪が刻まれ重みや感慨が加わっている。谷川俊太郎が自選したという詩には、前作にはなかったいくつもの「死」が見え隠れしている。それでいて深刻にも声高にもならず、より透明度を増してゆくように感じるのが彼の真骨頂だろう。

   アルバムの歌詞カードの二人の対談の中で、小室等は、谷川俊太郎に対して「今、詩を書くということはどんなものなんでしょう」と大胆な質問を投げかけている。

   それに対して谷川俊太郎は「情報の氾濫で行動が希薄になって言語ばっかりが増幅している」「意見とか情報という言語の過剰に対して詩というのは出来るだけ沈黙に近い言葉でプロテストできるんじゃないか、みたいな気持ちがありますよね」と答えている。

   「僕たち流のプロテストソング」というコンセプトで作られたという前作から39年。音楽状況はもちろん、言葉を取り巻く社会環境も激変している。

   谷川俊太郎は、1931年生まれ。でも、「老詩人」という言葉ほど似合わないものはない。フォーク界の「長老」として気骨ある活動を続けてきた小室等が歌う2017年の「プロテストソング」――。

   アルバムの一曲目「希望について私は書きしるす」は、いくつもの「希望」について歌っている。

   二人にとって希望とは何か。

   アルバム最後の曲は「木を植える」だった。

(タケ)

タケ×モリ プロフィール

タケは田家秀樹(たけ・ひでき)。音楽評論家、ノンフィクション作家。「ステージを観てないアーティストの評論はしない」を原則とし、40年以上、J-POPシーンを取材し続けている。69年、タウン誌のはしり「新宿プレイマップ」(新都心新宿PR委員会)創刊に参画。「セイ!ヤング」(文化放送)などの音楽番組、若者番組の放送作家、若者雑誌編集長を経て現職。著書に「読むJ-POP・1945~2004」(朝日文庫)などアーテイスト関連、音楽史など多数。「FM NACK5」「FM COCOLO」「TOKYO FM」などで音楽番組パーソナリテイ。放送作家としては「イムジン河2001」(NACK5)で民間放送連盟賞最優秀賞受賞、受賞作多数。ホームページは、http://takehideki.jimdo.com
モリは友人で同じくJ-POPに詳しい。