2024年 4月 20日 (土)

痛快! 歴史的タブーに切り込んだ「不遜な歴史書」

   ■『科学の発見』(スティーヴン・ワインバーグ著・赤根洋子訳、文藝春秋)

   歴史学の主流は、過去を過去として尊重し、現代の基準を当てはめて過去を裁くことをタブーとしてきた。だが本書は、古代ギリシア以降の自然科学史上の偉人の業績を、現代科学の視点から批判的に分析して見せる。著者自身が「本書は不遜な歴史書である」と位置付ける、異色の本だ。

   著者は、こうして歴史学のタブーを冒すことで、科学の発展段階を可視化し、ひいては現代の学問全般に対する警鐘を鳴らすことにさえ成功したと評者は見る。

   米サイエンス界のダイナミズムを感じさせる好著というべきだろう。

アリストテレスの非科学的思考をリセット

   本書で語られる科学とは、「森羅万象を説明するために、数学的な公式と実験に裏付けられた客観的な法則を追い求める」(本書P10)営みといえる。

   人類史において、農業の発見と並び、こうした科学の発見が大きな歴史の転換をもたらしたことは、日本でもベストセラーとなった『サピエンス全史』で活写されている。本書はその科学の発見を、主として天文学と物理学の切り口から克明に説明していく。

   前半(第一部~第三部)は、科学の発見以前の物語だ。

   宗教を含む主観と客観とが未分離であることを原因として、古代から中世の自然観察にどのような過ちがあったかを述べる。アリストテレスも厳しい批判を免れない。著者が「(中世キリスト教会がアリストテレス学説に対して行った)異端宣言がアリストテレス絶対主義から科学を救った」(本書P180)とするくだり、いわばキリスト教がアリストテレスの非科学的思考を一度リセットしたが故に、その後の科学の発見が早まった、との主張は特に印象的である。

   後半(第四部)では、光が射すように「科学」が産声をあげる。コペルニクスが過ちを多く含みなお科学的ではないながらも、太陽系の解明に大きな仮説を投げかけたことを鏑矢とし、ケプラーの三法則そしてガリレオの実験装置の科学的価値を語る。時代をさらに下り、ベーコン、デカルトをなで斬りにした後、クライマックスとして革命者たるニュートンが登場、著者はここに「科学」の確立を高らかに宣言する。この過程はエキサイティングで一気に読み通せる。そして現代科学の最先端に至る思考の変遷を概説するエピローグで本書は幕を閉じる。

   科学史を説明しながらも、著者の語り口は無機的ではない。新たな発見の喜びこそが科学発展の原動力となることを力強く説明する第十四章の結びは感動的ですらある。学究の熱意を感じつつ、読者は人間の歴史上の思考の系譜を、あたかも一人の人の成長過程かのように追体験できるであろう。

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

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