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胃袋の世界一周 松尾スズキさんはミャンマー料理に縁を感じた

   BRUTUS(5月15日号)で、演出家にして俳優の松尾スズキさんが「ニホン世界一周メシ」の連載を始めた。どうやら、世界各国の料理を日本国内で食べ歩き、レポートする企画らしい。うらやましいなと思いつつ、初回を拝読した。それはこう始まる。

「税金が高い。高すぎる。しかし、それを押しても日本はいい国だ。日本にいながら世界中の料理が食えるのだ。旅の醍醐味は食にある...逆に考えれば本場の中華を食ってさえいれば、日本にいようが少なくとも胃袋だけは中国を旅していることになりはしまいか」

   企画の趣旨を説明するイントロなので、いささか強引なのはご愛敬だ。ここからなぜか「縁」の話になる。「歳を食ったせいか、最近、縁というものになにかと意味づけしたくなる...この連載を始めようと思ったのもある縁に始まる」

   ここで、CGの会社をやっている「感情の読みとれない」社長が、やや唐突に登場する。数年前の映画制作からの付き合いで、年に一度ほど、仕事に関係なく食事に誘ってくれるという。結論から言えば、筆者は社長と一緒に、これから各国料理を食べ歩くことになる。

  • ミャンマー料理の例
    ミャンマー料理の例
  • ミャンマー料理の例

落ち着く味わい

   あらゆる文化に精通しているというその社長、ある日、四谷三丁目のミャンマー料理屋(本文は実名)に松尾さんを連れて行く。よくあるベトナムやタイの料理を想像していた筆者は、度肝を抜かれたという。

「最初の一口から、今まで食べてきた料理の味の方程式にまったく当てはまらない、評しがたい味と食感だったのだ」

   「ラペットッ」という名のそれは、生キャベツ、トマト、ピーナツ、揚げニンニク、干しエビなどで構成され、とりわけ珍しい食材はないのに、「落ち着くー」という感想しか出てこない味わいだった。社長によると実は「お茶のサラダ」で、松尾さんを落ち着かせたモノの正体は発酵させた茶葉らしい。

「そりゃ落ち着くよ! その時、私ははっきり、『ミャンマーが胃に入った』と感じ、それは、『胃の内側がミャンマーに行った』と、同じことなのではないかと思ったのだ」

   以下、珍しいミャンマー料理の紹介が続き、この店を軸とした不思議なつながり、人の輪が語られていく。今年は、筆者が「松尾スズキ」を名乗り始めて30年。これも何かの縁だと思い、記念の年の初仕事として連載を思い立ったという。

東京のグルメ指数

   手ごろな価格とレベルで、本物かそれに近い各国料理を味わえるという意味で、日本の得点はかなり高いと私も思う。東京のグルメ偏差値は世界一かもしれない。

   余談になるが、私が経験した任地でいえば、自国料理に自信がありすぎるパリより、ブリュッセルの水準が高かった。ベルギーはもともと美食の国として知られており、1950年代から60年代、いまの欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)の本部が置かれたことで、舌の肥えた外交官やメディア関係者が集まる国際都市になった。彼らの母国で名を成した名店や、そこで修業した料理人が相次いで店を出し、競い、味に磨きがかかった。

   世界の味を食べ歩く連載の1回目はミャンマーである。これが、すでに店ごとの評価が定まったフレンチやイタリアンでは、どこをどう書いてもカドが立つ。あるいは陳腐になる。なにしろ、この国には私のような食通気取りが山ほどいて、日々、文句のつけ先を探しているのである。

   だから、松尾さんがエスニックのミャンマー料理に縁を感じたのは正解だった。余計なお世話だろうが、とりあえずは中東・アフリカや東欧など、日本ではマイナーとされる地域を探索するのが無難かもしれない。

   「胃袋がつないだ縁の意味を求めて」という松尾さんの旅。残念なのは登場が隔号になることだ。掲載誌は月2回の発行なので、実質「月刊」の楽しみとなる。世界一周の先は長いが、空腹は最高のスパイス。食いしん坊の一人として、気長に次の旅先を待ちたい。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。