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夏休みの大切さ 池上彰さんは「俗世間から離れよう」と説く

   CREA 8-9月合併号の「ふたり論点」で、ジャーナリストの池上彰さんが「夏休みはいろんな制約がある中での休暇だから貴重なんです」と力説している。

   間もなく創刊30年を迎える女性向け月刊誌(文藝春秋)の売り物エッセイ。タイトルにある「ふたり」とは、池上さんと作家の佐藤優さんが同じテーマについて書く趣向のためで、今号のお題は「夏休みの大切さ」である。

「失って初めてわかる大切さ。それが夏休みではないでしょうか」

   筆者の思いは、冒頭のこの一文に尽きている。

   まずは子ども時代からの「夏休み観」が順に記される。小学校。「長かった。永遠に続くかと思われるほどだったのに、結局8月末になると宿題の仕上げに追われた。8月が30日ではなく31日まであって良かったと...」。高校。「予備校の夏期講習に行く期間のこと。〈夏を制する者は受験を制す〉などというポスターがあったっけ」

   大学。「前半はせっせとアルバイト。後半は稼いだ資金で全国を貧乏旅行」。こうして慶応大を出た池上さん、NHK記者として松江に赴任したのは1973年である。

「当時の新人にとって、夏休みとは先輩が取るもの。自分が数日の夏季休暇を取得できたのは、中海に白鳥が飛来する頃だったから、初冬になってからでした」

   お気の毒と言うほかない。就活時の池上さんは新聞社にも興味があったそうだが、私が新人記者として山口に赴いた1980年、朝日はもう少しマシだった。

  • 待ちに待った夏休み!
    待ちに待った夏休み!
  • 待ちに待った夏休み!

フリーになって「消失」

   「週刊こどもニュース」のお父さん(解説役)として全国に知られた池上さんは、2005年にNHKを退職し、フリーランスに転じる。

「ここから夏休みが消失しました。お盆休みが近づくと、出版社の編集者から出版予定の本のゲラが送られてきます。『返却はお盆明けで結構ですから』との添え書きつきで。おいおい、それって...こっちには、お盆休みに仕事をしろという意味じゃないか」

   しかし、先方から「フリーランスなんだから、自由に休みを取ればいいじゃない」と言われれば、「はい、すみません」と言うしかないらしい。

「いったんフリーになると『夏休みが来るのが待ち遠しい』という気持ちになれなくなるのです。会社組織に属しているから、制約のある中での休暇が貴重で楽しいものだった」

   実際この夏、池上さんの手帳は仕事で埋まっているらしい。最後に彼は、会社勤めをしている「読者のあなた」(多くは女性であろう)に、大切な夏休みの過ごし方を提案する。それは「俗世間をから離れて自分だけの時間をゆっくりと持つこと」だ。

「来し方を振り返り、来るべき日々に思いを致す。昼間は汗を流し、夜は読書に耽る。こんな時間を持つことで、精神が生き返るのです。夜はテレビやネットを断ち...」

休みを楽しむために

   ひとたび組織のルールから脱してみると、休みが待ち遠しいという気持ちになれない、というのは実感として分かる。私の場合、転身や独立ではなくただの定年退職なのだが、曜日の感覚がしだいに薄くなり、週末のありがたみは消えた。

   自由の身で初めて迎えたこの夏も、休暇とは無縁の四季の一つにすぎない。いつの間にか春と地続きで始まり、秋に融け込むように終わるはずだ。売れっ子の池上さんと違い、私の手帳はうれし恥ずかし、ケガレなき純白、毎日が休みのようなものである。

   ヨーロッパでは公務員もビジネスマンも、多くはバカンスを楽しむために働いている。だから8月は取材にならない。ならないのをいいことに、我らジャーナリストも休む。

   日本ではまだ、仕事のためのリフレッシュを目的に休んでいる。池上さんの言う「自分だけの時間」にしても、人生全体というより、バカンス明けの仕事を念頭に置いたものではなかろうか。よりよく働くために、よりよく休もうという発想とみる。

   私は現役諸氏に、逆のアドバイスを送りたい。次の夏休みを心と財布に遠慮なく楽しむために、ひいては退職後を好きにエンジョイするため...そこそこ働こう。

   もちろん、趣味のように仕事をしている、幸せなあなたは別である。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)

コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。