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「赤毛のアン」有名なセリフに眼からウロコの解釈

■「快読『赤毛のアン』」(菱田信彦著、彩流社)

   「赤毛のアン」の原作(Anne of Green Gables)が、カナダで1908年に著者L.M.モンゴメリーにより発表されてから今年で110周年を迎えた。ちょうど今月、NHKEテレの「100分de 名著」では、「赤毛のアン」を取り上げている。また、原作を実写化したカナダの映画「赤毛のアン」三部作の第二部と完結編もこの秋に日本で順次上映されるという。

原作出版の1908年はどんな年だったのか

   「100分de 名著」で赤毛のアンの紹介役を務めるのは、脳科学者として著名な茂木健一郎氏(1962年生)で、彼は小学5年生のときに初めて図書館で手にとったと回顧している。1973年に刊行された講談社の村岡花子訳の「赤毛のアンシリーズ」の1冊ではなかったか。画家・鈴木義治氏の印象的な挿絵の入ったハードカバーの本である。

   茂木氏は、大人になってから、この「赤毛のアン」を「教養小説」の分野に含まれる小説だとし、どんな子供でも機会さえ与えられれば、その子自身の資質をぐんぐんとのばすことができるのだという、希望の物語だとみる。評者も、たまたま、図書館でそれを借りて読んで、ぐんぐんひきつけられた1人である。評者がシリーズの中で一番好きなのは短編集「アンをめぐる人々」(新潮文庫)の「失敗した男」である。茂木氏のいうヒューマニズム溢(あふ)れる小品だ。

   この「赤毛のアン」について、「ストーリーを追うだけではなかなか見えてこない原作の面白さを、児童文学専門の著者が、章ごとにポイントを徹底解読して伝えます」とうたって2014年5月に出版されたのが「快読『赤毛のアン』」(菱田信彦著 彩流社)だ。

   著者は、まえがきで、「赤毛のアン」が出た1908年がカナダにとってどんな年だったか、に触れる。カナダは、1907年にオーストラリアとともに、植民地から、主権を持つ「自治領」としての地位を与えられ、「赤毛のアン」シリーズが書かれた時期は、カナダが独立国として地位を獲得するために苦闘した時期とそっくり重なり、その時代状況が作品にも反映しているのではないかという。

村岡花子とモンゴメリーの出会いがなければ...

   この本は、3つのPARTからなり、PART1では、「赤毛のアン」のストーリーを1章ごとに追い、作品の社会的・文化的背景を紹介しつつ、アンやその他の登場人物、彼らの暮らすアヴォンリーの社会の描かれ方を解説する。

   最終章には、「ところが、いま、まがりかどに来たのよ。まがりかどを曲がった先になにがあるのかは、わからないの。でも、きっと、いちばんよいものにちがいないと思うの。それにはまた、それのすてきによいところがあると思うわ」(原文:Now there is a bend in it. I don't know what lies around the bend, but I'm going to believe that the best does. It has a fascination of its own, that bend, Marilla.)という有名なアンの言葉が登場する。アンが、輝かしい可能性が約束される大学への進学を諦めて「家を守る」ことを、養母のマリラに告げる場面でのことだ。この場面は、現代の価値観から不当に批判されてきた。モンゴメリーの時代において、女性が家長になり家を相続することが、女性の生きる権利を守る観点から価値あることであったとの菱田氏の指摘には眼からウロコである。アンを通して、本当に成長するのはマリラだったという慧眼にもうならされる。

   PART2では、「赤毛のアン」の展開がフェミニズム文学批評家の研究者を幻惑し、迷わせるあたりの「秘密」を巧みに解説する。階級やエスニシティなどに関する分析も、なじみのない我々には有益だ。また、「赤毛のアン」の日本での人気は、海外にない特異なもので、それは最初の紹介者である村岡花子氏が造詣の深い日本文化・文学に根差した形で翻訳したことが大きいという。

   PART3では、「赤毛のアン」の村岡花子氏(1952年初訳本)ほかの各種の翻訳を原文とともに紹介している。最後に、著者が、村岡花子とモンゴメリーの出会いがなければ、「日本の戦後の社会や、女性の生き方はどのようになっていたでしょうか」と問う。評者も全く同感だ。

   2014年度上半期のNHK朝ドラ『花子とアン』は、『赤毛のアン』の日本語翻訳者である村岡花子の半生を原案としたフィクションだ。村岡花子を演じる吉高由里子さんと、「腹心の友」白蓮役の仲間由紀恵さんの共演が話題となった。アンに関わるエピソードも盛り込まれていて楽しめた。吉高さんと親しい絢香さんが歌う主題歌「にじいろ」も印象的だった。「快読『赤毛のアン』」もこの機会をとらえて出版された1冊だろう。

   村岡花子の波乱万丈の生涯については、孫の村岡恵理氏の評伝「アンのゆりかご」(新潮文庫 2011年)をつい最近読んで深い感動を覚えた。女性の地位向上運動を通じた市川房江や、子供図書館活動における石井桃子との交流など戦前戦後の日本の女性ネットワークについて認識を深めることができた。「西の魔女が死んだ」の梨木果歩氏の文庫解説『「曲がり角のさきにあるもの」を信じる』も味わい深い。

   読書の秋に、素晴らしい本に出会った喜びを味わえること間違いなしで、「赤毛のアン」そのものと併せてお奨めしたい2冊である。

経済官庁 AK

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。