2019年 11月 20日 (水)

百年前、刑事は犯罪集団に立ち向かった 平穏な日本では想像できない物語

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■『ブラック・ハンド』(スティーヴン・トールティ著・黒坂敏行訳、早川書房)

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   子供を誘拐して身代金を要求する犯罪は、子を持つ親の身からすれば、極めて卑劣かつ忌まわしいものだ。

   米国で、かつてこの犯罪が猛威を振るった時期があったという。20世紀初頭のことだ。被害者はイタリア系移民の成功者。誘拐犯もまたイタリア系であり、脅迫状に黒い手の絵を描く犯罪集団であったことから、マーノ・ネーラ(イタリア語で「黒い手(ブラック・ハンド)」の意)と呼ばれ恐れられたという。誘拐の他にも、殺人や爆破予告を行い、その脅しで繰り返し大金を搾り取って被害者を破綻させ、金を払わない者は見せしめに惨殺、あるいは建物を爆破するなど、暴虐の限りを尽くしたとされる。

   本書は、この犯罪者集団を撲滅するべく奮闘したイタリア系初のニューヨーク市警刑事、ジョゼフ・ペトロシーノの活躍を記したものである。記述は物語風ではなく、当時の新聞記事を引用するなど客観視に努めているが、それでも一介の刑事であるペトロシーノの奮闘に、自ずと畏敬の念が生じる。隠れたる偉人の伝記である。

「移民と犯罪」というテーマの奥深さ

   現代日本では、身代金誘拐は重大事件として徹底捜査され、検挙率は極めて高いと聞く。だが往時の米国にあって、ブラック・ハンドは当初野放し状態であり、それがこの犯罪集団を増長させた。

   なぜ野放しになったか。事情は複雑だが、イタリア系移民の内部でのこととして米国のマジョリティーが深刻視しなかったこと、イタリア政府が犯罪者の米国移住を事実上黙認していたことの2点が大きい。

   民族的な差別が被差別者を追い込み一部の者を犯罪に走らせることは、古今東西、多くの例がある。犯罪者の「輸出」も、欧州の移民との軋轢(あつれき)を見れば、現代社会でも散見されると言えよう。加えて当時のニューヨークの場合、市政の腐敗も疑われているが、他の都市でも類似の事情はあり得ただろう。

   「移民と犯罪」というテーマは、このように、異文化への寛容さという建前だけでは語れない奥深さがある。本書はこのことを極端な形で提示している。

   そうした絶望的な状況の中にあって、ペトロシーノは市警上層部と粘り強く折衝し、イタリア系捜査隊を編成、この犯罪者集団に立ち向かう。相手は、金の支払いを拒否した資産家を惨殺し、遺体を樽に詰めて路上に放置するような手合いである。ペトロシーノも幾度も脅迫されている。それでもペトロシーノが屈せず闘い抜いたのは、職責上の義務というよりも、イタリア系を犯罪者と決めつける差別と戦い、米国におけるイタリア系の地位を向上させる熱意であった。

   ここに、多民族国家を形成する過程で生じる分断と、これを克服してきた米国史の一面が表れている。白人優越主義的な言説が増えてきた現代米国社会で、このヒーロー物語は恰好の「教材」なのだろう、早速これを映画化しようというのはいかにもハリウッドらしい動きである。

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

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