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官僚は「選挙権を持たない将来世代の代弁者」たれ

■「官僚たちの冬~霞が関復活の処方箋」(田中秀明著、小学館新書)

   いま、問題とされている統計問題は、大変深刻だ。行政活動を担う公務員の能力や専門性への信頼が問われている。

「霞が関」(官僚)の劣化は国民生活に甚大な被害もたらす

   我々の世代には「サンデープロジェクト」のコメンテーターを務めるなどテレビでおなじみであった現在慶応大学名誉教授の草野厚氏(専攻:国際関係論)は、20年近く前に出した「官僚組織の病理学」(ちくま新書 2001年9月)で、「組織の病弊は、日本に限らず、普遍的なもの」だとの冷静な指摘をしていた。この本で評者が特に印象に残るのは、茨城県東海村核関連事故(JCO事故。1999年9月30日発生)を取り扱ったくだりである。正式のマニュアルを無視して作業を行った結果、本来決して起こしてはならない核の臨界(核分裂の連鎖反応)が発生するという驚くべき事故が起き、被ばくした2人が死亡するという痛ましい犠牲などが生じた。「朽ちていった命:被曝治療83日間の記録」 (新潮文庫)に詳しい。

   草野氏は、「概して詳細に定められたSOP(注:標準行動様式)は煩雑で、日々の仕事になれた現場では省略したい気持ちにかられる。時間が短縮され、業務の能率もあがると考えるからである。これは中央政府、地方政府、民間企業、団体を問わない。組織が存在するところ、何らかの形で、似たような行動に陥りがちである」という。したがって、もうほとんど忘れられているが、統計問題については、東芝などの一連の企業不正についても視野に入れた考察が本来は有意義だろう。日産の無資格審査、神戸製鋼の品質検査データ改ざんから始まり、スバル、三菱マテリアル、東レといった日本を代表する企業の不正発覚を簡潔にまとめた「日産、神戸製鋼は何を間違えたのか」(今沢真著 2018年2月 毎日新聞出版)は、「現場の疲弊」または「現場力の低下」を指摘する。

   しかし、一方で、草野氏は、民間との違いを「中央政府、とりわけ総理大臣を中心とした内閣は、われわれの生命財産を守り、福祉の向上をはかるという重大な責任があり、その見返りに権力を与えられている」という。「霞が関」(官僚)の劣化は、明らかに国民生活に甚大な被害を生じさせる。

財政破綻が生じてからでは取り返しがつかない

   そこで、霞が関の実態に焦点をあてた労作「官僚たちの冬~霞が関復活の処方箋」(田中秀明著 小学館新書)が、まさに時宜を得て、今月発行されたことに注目したい。

   明治大学公共政策大学院教授の田中氏は、官僚の出身で、1985年に東京工業大学大学院終了後、大蔵省(現財務省)に入省し、予算・第二の予算といわれる財政投融資・自由貿易交渉・中央省庁等改革という戦後の画期となる行政改革などに携わった。

   氏は、冒頭の「はじめに」で「霞が関の劣化や凋落は、政府のガバナンスの問題と捉えなければならない」という。そして、「結論を先取りすれば、誤った政治主導の結果、官僚の自立性が低下し、それは政府全体のパフォーマンスやガバナンスの低下にもつながっている」と鋭く指摘する。ただし、問題の根本は、以前から存在し、「霞が関の官僚は、政治家との緊密な関係、自ら利害や省益を追求するという意味で『政治化』し、本来発揮すべき『専門性』が疎かになっているのだ」と喝破する。

   全体は6章からなり、これまでの政治・行政改革を振り返り、官僚たちの冬の時代を概観した「ジャパンアズ・ナンバーワンから失われた20年へ」、これまでの改革の結果としての安倍政権の政治主導や政策形成過程を考察した「安倍政権の光と影」、霞が関の組織である省庁の再編などを述べた「未完の行政改革」、霞が関の住民に焦点を当てた公務員制度改革を取り上げた「公務員の『政治化』がとまらない」、日本以外の先進国の公務員制度改革を解説する「先進国の公務員制度」、今後を展望し、どのような改革が必要かを考えた「霞が関への処方箋」で構成される。

   最後の章では、田中氏が入省した「財務省改革」について、具体的な改革案が示される。いまはほとんどいない経済学などでの博士号取得者など専門能力をもつ実務家を増やすこと、財政の透明性を高めること、幹部職員の任期を原則3年とすること、幹部職員の省内公募を導入すること、一般の企業ではいまや標準装置の内部統制の仕組みを構築することなどをあげる。要は、「世界標準の財務省」、「選挙権を持たない将来世代の代弁者」たれというのだ。

   最初に引用した著作で、草野厚氏は、「組織の構成員が、組織の目標や目的を常に意識しながら、仕事を行なう。これを誤らなければ、組織はそれほど大きな失敗はおかさないはずだ。しかし、残念ながら、本来あったはずの目標や目的は忘れられがちなのが現実のようだ」としていた。核の臨界同様、財政破綻が生じてからでは国民への被害が大きすぎ、取り返しがつかない。なんのために仕事をしているのか、田中氏の指摘するような処方箋によって、財務省をはじめとする日本の官僚制はそれを取り戻すことがきるのだろうか。評者も自問自答中だ。

経済官庁 AK

   【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。