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「IR=カジノ」はとんだ勘違いだった 「エンタメの極み」メルコリゾーツ施設取材記

   「カジノ、かな」。マカオで「IR」(統合型リゾート施設)の取材を任された記者がまず思い浮かべたのは「ギャンブル」だった。賭け事とは無縁の人生を歩んできたが、一度本場を見てみるのも悪くない。単身飛行機に乗り込んだ。

   ところが取材を通して、とんだ「勘違い」をしていたと痛感した。実はIRの大部分は「カジノ以外」、未体験の「エンターテインメント空間」だった。「カジノで1円も使わなかったのにもう一度IRに行きたくなった記者」のレポートをお届けする。

ホテル「モーフィアス」の居室
ホテル「モーフィアス」の居室

ザハ・ハディド氏設計のホテル「モーフィアス」

   訪れたのは、世界最大級のIR事業者「メルコリゾーツ&エンターテインメント」が運営するIR「シティ・オブ・ドリームス」(COD)。中でも一際存在感を放つホテル「モーフィアス」は2018年6月にオープンしたばかりで、外壁全体を包む網状の格子、そして中央を貫通する大きな穴は、一度見たら忘れられない。「建築界のノーベル賞」と言われるプリツカー賞を女性で初めて受賞者した故ザハ・ハディド氏の設計というから納得だ。日本では新国立競技場の当初案を設計した建築家としても知られる巨匠である。

ホテル「モーフィアス」の外観
ホテル「モーフィアス」の外観

   扉をくぐると、高さ35メートルの天井が遠近感を失わせる。壁一面には岩石をかたどったような巨大モニュメントが広がり、同時に空間を漂う柑橘系の香りが、疲れた体をリラックスさせてくれる。

「モーフィアス」のロビー
「モーフィアス」のロビー

   エントランスから驚いてしまったモーフィアスだが、ただの豪華な宿泊施設ではない。IRを構成する文化・エンタメ要素がふんだんに盛り込まれており、見どころ満載なのだ。

   そもそもIRとは、カジノやホテル、劇場、映画館、文化ホール、レストラン、ショッピングモール、MICE(企業会議・国際会議・研修旅行・展示会の総称)施設などが集積した巨大リゾート施設を意味する。多様なレジャー・エンタメ施設と国際ビジネス施設が集まった、言ってみれば「テーマパーク」の側面を持っている。

「モーフィアス」のショッピングモール。こちらはほんの一角だ
「モーフィアス」のショッピングモール。こちらはほんの一角だ

   カジノの高い収益性が巨額の設備投資を可能にしているほか、日本のIR実施法が俗に「カジノ法」と呼ばれることもあるため、「IR=カジノ」という印象は根強い。ただIR実施法では、カジノに使える延べ床面積はIR全体の3%以下に制限しているほか、日本の伝統文化・名物の魅力を発信する施設の設置も義務付けており、実体はカジノだけではないのだ。

   マカオのCODも、カジノが占める面積は全体の5%程度。では、残り95%は何があるのか――。

「フェラーリ:アンダー・ザ・スキン」をアジアで初開催

   モーフィアスの中を歩いていると、至るところにアート作品が展示されている。「目にバッテンのマーク」が特徴的な米国の現代アーティスト、カウズ氏の巨大彫刻、壁一面に描かれた日本のアーティスト、大巻伸嗣氏による幻想的な草花の絵画など、館内を見て回るだけで楽しめる。

大巻伸嗣氏の絵画。壁と床に埋め込まれ、幻想的な空間に
大巻伸嗣氏の絵画。壁と床に埋め込まれ、幻想的な空間に

   同所は、高級車メーカー・フェラーリの100年の歴史を実際の過去の車体でたどる展覧会「フェラーリ:アンダー・ザ・スキン」をアジアで初めて開催。過去にF1で使用されてきた本物のマシンも複数見られる貴重なイベントだ。

「フェラーリ:アンダー・ザ・スキン」の展示のひとつ。過去のF1マシンが並ぶ
「フェラーリ:アンダー・ザ・スキン」の展示のひとつ。過去のF1マシンが並ぶ

   館内をめぐると不思議な感覚になる。通路は直線よりも曲線が多く、床や壁の装飾もめまぐるしく変わる。加えて上記のような展示品がそこかしこにあるため、5メートルも歩くと眼前にまったく別の景色が広がってくる。メモを取りながら移動していた記者は、ふと周りを見回すと「あれ、さっきいた場所と雰囲気が全然違うな」と何度も思ってしまった。建物全体が1つの巨大アトラクションのようである。

通路の一角。複雑な構図はまるで巨大アトラクション
通路の一角。複雑な構図はまるで巨大アトラクション

ミシュラン星付きレストランが多数

   「食」も超一級品だ。中華料理店「Yi(イー)」は、フロアに足を踏み入れると、黄金のウロコのようなモニュメントがボンボンと複数立っている風景に目を奪われる。「竜の背中」をモチーフにしており、それに包み込まれるようにして準個室空間を演出したのだという。中国各地の料理を提供しつつ、日本料理のように料理人にメニューを任せる「おまかせ」スタイルを取り入れている。料理長が市場に毎日出向いて食材を厳選しているのも大きなこだわりだ。

中華料理店「Yi」。「竜の背中」をモチーフにしたモニュメントが準個室空間を演出
中華料理店「Yi」。「竜の背中」をモチーフにしたモニュメントが準個室空間を演出

   食のクオリティーはミシュランガイドお墨付きだ。広東料理の「ジェイド・ドラゴン」は3つ星、フランス料理の世界的シェフ、アラン・デュカス氏プロデュースのレストラン「アラン・デュカス・アット・モーフィアス」は2つ星、日本の銀座発の寿司店「シンジ・バイ・カネサカ」は1つ星を獲得。メルコリゾーツが、マカオのIR事業者の中で最多5店の星付きレストランを構えていることからも、食へのこだわりが見て取れる。

   地上130メートルの高さに設けられたスカイプールや、最新のトリートメントプログラムを受けられるスパといったリラックス施設も満載のモーフィアス。だが、CODにはホテルが他に3つもある。

   さらにメルコリゾーツはCODだけでなく、ハリウッド映画をモチーフにしたもう1つのIR「スタジオ・シティ」もマカオで運営している。こちらでは、電気自動車が激しいスキール音と火花を飛び散らせながら舞台上を駆け回るスタントショー「エレクロン」などを用意。もはやメルコリゾーツのスケール感は想像がつかない。

   その運営を支えているのは、総勢約5000人のスタッフと、厳重なセキュリティーシステムだ。

スタッフ専用のバックヤード施設「ハート・オブ・オフィス」

   スタッフについてメルコリゾーツは「将来の成功を決定する最重要な要素」と位置付けており、人材育成と働きやすい環境づくりに余念がない。

   象徴的なのは専用のバックヤード施設「ハート・オブ・オフィス」の充実ぶりだ。スタッフなら24時間、無料で利用できる食堂「フード・スタジオ」は1000席ほどあるだろうか。その中で老若男女のスタッフが食事や会話をしており、楽しげに談笑する声も聞こえる。

バックヤード施設「ハート・オブ・オフィス」の食堂「フード・スタジオ」
バックヤード施設「ハート・オブ・オフィス」の食堂「フード・スタジオ」

   食堂に「ステージ」があるのに気づく。ここで月に一度、スタッフ向けのイベントが開催され、メルコリゾーツ&エンターテインメントの会長兼最高経営責任者(CEO)のローレンス・ホー氏が自ら登場して労うこともあるそうだ。

食堂内にはイベントを開催するステージが設置されている
食堂内にはイベントを開催するステージが設置されている

   大きなソファを並べたリラックススペースや、音楽を聞きながら眠れるスリーピングルームまで用意。記者が訪れた時も、体を癒しているスタッフが複数いた。

「ハート・オブ・ハウス」内にあるスリーピングルーム
「ハート・オブ・ハウス」内にあるスリーピングルーム

   広大なロッカールームは春夏秋冬を表現した4種類の絵柄が施されており、見た目にも華々しい。廊下には「ウィー・アー・エンターテイニング」「イノベーション」などの言葉が書かれた垂れ幕が下がり、「裏方」というより「エンターテイナー」であるという意識づけをする仕掛けがさまざまなところで施されている。

「ハート・オブ・ハウス」内にあるスタッフ用ロッカー。「秋」を表現した絵柄が施されている
「ハート・オブ・ハウス」内にあるスタッフ用ロッカー。「秋」を表現した絵柄が施されている
「ハート・オブ・ハウス」の廊下。右側に垂れ幕がある
「ハート・オブ・ハウス」の廊下。右側に垂れ幕がある

   スタッフが任意に参加できる「ボランティアプログラム」も用意。人材育成の一環で、「社会貢献に自発的に取り組んでもらいたい」という狙いがある。また、中卒者向けに高校入学を援助する「バック・トゥ・スクール」という制度も整えており、スタッフを公私ともに支える姿勢が表れている。

スタッフ向けにボランティア活動を紹介する看板
スタッフ向けにボランティア活動を紹介する看板

セキュリティ支える5600機のカメラ

   巨大IRを支えるのはスタッフだけではない。厳重なセキュリティーシステムは、「信頼できるカジノ」を構築するためにも重要な部分を占めるとして力を入れている。

   実際にカジノに足を運ぶと、天井やテーブルに無数のカメラが備え付けられているのが分かる。その数は5600台にも及ぶ。

   カメラ映像は、不正を見抜くためのトレーニングを積んだ専門スタッフがモニタールームで常時チェックする。また、メルコリゾーツは「顔認証システム」をアジアのカジノで初めて導入。不正をしたことのある人物の顔を登録し、重点的にチェックしている。顔認証の導入により、不正の検挙率が約10倍も増加したといい、セキュリティ強化に大きな役割を果たしている。

メルコリゾーツが日本にやってくる?

   取材前、記者はIRについて「カジノ施設」というイメージを持っていた。だが今回メルコリゾーツを訪れ、本場のIRの一端を味わった結果、「カジノやらなくても楽しめるじゃん!」という印象に変わった。スタッフの育成やテクノロジーの導入を通し、利用者に安心を与え、信頼を得られるような体制作りをしていると取材を通して伝わってきた。

   メルコリゾーツのローレンス・ホーCEOは、日本進出に全力を注ぐ構えだという。少年時代に日本を訪れ、文化やおもてなしの精神に感銘を受けてから大の親日家で、訪日回数は300回を超える。もし日本でIRが開業できたら本社を日本に移すことも考えているというから驚きだ。

   今後、日本でも自治体とIR事業者による誘致レースが加速する。メルコリゾーツがプロデュースする極上のエンターテインメントが日本でも味わえるようになるかもしれない。