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前がすべると笑いが溜まる オール巨人さんが振り返る「神様が降りる時」

   週刊プレイボーイ(3月18日号)の「オール巨人の劇場漫才師の流儀」で、巨人さんがウケる条件を語っている。先ごろ奈良県三郷町で収録されたNHKのラジオ番組「上方演芸会」での経験だ。1949年に始まる長寿番組で、新作を披露するのが出演の条件とされる。

   「僕らは『高齢者結婚相談所(仮題)』というネタをやったのですが、いやあ、ようウケましたね。上方演芸会であんなに気持ちよく演じられたのは初めてで、最近では一番の出来でした」...このように、漫才の神様が舞い降りたかのような舞台がたまにあるそうだ。いくつもある大ウケする条件の一つに、「前の演者がすべる」というのがある。

「もちろんそれを期待したりはしませんが、前の演者がすべるとお客さんの中の『笑いたい』という感情がどんどん溜まっていくことがあるんです。時には重い空気のまま終わるケースもあるのですが、この日は溜まるパターンでした」

   当日の出演者は、トリのオール阪神・巨人を含めて5組。若手コンビ2組のネタが被ってしまい、運悪くあとで演じた組、つまりトリ前を務めたコンビはウケなかった。

   よどんだ空気の中で登場した阪神・巨人、持ち時間は約15分とたっぷり。余裕があるので、巨人さんたちは業界でいう「ありネタ」から始める。落語でいうマクラだ。

「前がウケてないのにそのままネタに入ってしまうと、その連鎖で静かなまま終わってしまうこともあるので、ありネタを入れるんです」
  • 漫才の定席に並ぶ人たち。若手には出番の前後も気になるところだ=東京・浅草の東洋館で、冨永写す
    漫才の定席に並ぶ人たち。若手には出番の前後も気になるところだ=東京・浅草の東洋館で、冨永写す
  • 漫才の定席に並ぶ人たち。若手には出番の前後も気になるところだ=東京・浅草の東洋館で、冨永写す

ドッカン、ドッカン来た

   「ありネタ」とは、新人なら「僕らのこと知ってるぞ~という人、拍手してください~」...それで拍手が少ないと「まだあるんやねー、テレビのない家(笑)」みたいなやつだ。

   その日の公開収録地は奈良県だったので、巨人さんたちは「奈良はええね。空気はおいしいし、奈良にしかないものいっぱいあるしね。まず奈良駅」「当たり前やんか」といったやりとりで場を温めたうえで、新ネタである高齢者の結婚事情に移った。すると...

「ドッカン、ドッカン来ましたね。前の演者の分の笑いをもらったような感覚でした」

   ここで巨人さんは、審査員で出演した昨年12月の「M-1」決勝を例示する。テレビ朝日が生放送する(若手)漫才日本一を決めるバトルである。

「前半が少し重くて、お客さんの笑いたいエネルギーが溜まっていたところに、霜降り明星が登場。笑いを一気に爆発させて、そのまま優勝をさらっていきました」

   なるほど。演者として、評者や審査員として経験豊富な巨人さん。理屈では割り切れない芸人の日常や舞台を、こんな覚めた筆致で紹介してくれる。貴重な連載である。

実力あってのタナボタ

   前がすべるとやりやすい。いじわるな真実かもしれない。お笑いのステージに限らず、結婚披露宴のスピーチや壮行会の送る言葉、企業のプレゼンなどでも経験することだ。

   私は結婚式で「親族代表あいさつ」なるものを2回やった。いずれも前のスピーチから時間が空き、ネタが被るはずもないから、なんとか「大トリ」を務め終えた。前がウケるほどやりにくいという経験則は、多かれ少なかれ皆が共有しているのではないか。

   巨人さんのコラムで光るのは「笑いが溜まる」という表現だ。おそらく、若いころには何度も笑いを「溜めて」しまい、売れてからは溜まった笑いを劇場中に解放してきたベテラン芸人ならではの肌感覚、だとうなった。芸歴の起伏なしには出てこない表現だろう。

   ただ、前がすべるという「幸運」は、パフォーマンスが大ウケする要素の一部でしかない。ここは押さえておきたいが、とりわけプロの舞台ではネタの面白さや話芸あってこその「タナボタ」である。神様はそうそう舞い降りるものではない。

   ちなみに、巨人師匠が「最近では一番の出来」という舞台は、4月27日(土)夜に放送予定という。ご興味の向きは、神が舞い降りた瞬間を自らの耳で確かめられたい。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)

コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。