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作家のTシャツ愛 村上春樹さんはクルマ柄ならフォルクスワーゲン推し

   POPEYE4月号の「村上T」で、村上春樹さんがクルマをデザインしたTシャツについて書いている。副題「僕の愛したTシャツたち」が示す通り、アメリカ文化に通じた村上さんが百花繚乱のTシャツを写真つきで語り尽くす、そんな連載らしい。

   マガジンハウスが出しているポパイは、シティボーイズ向けに創刊されて43年という男性ファッション誌。世界のムラカミが連載していても不自然ではない。4月号で第9回。ノーベル文学賞候補の書き下ろしに毎月出会える、貴重なコラムである。

   「Tシャツにはいろんな種類の図柄のものがあるけど、ジャンル別で言えば、自動車関係のTシャツをうまく着こなすのって、思いのほかというか、けっこう高等な業(わざ)が要求されます」...出だしは普通。勇気を持って言えば、私あたりでも書けそうだ。

「たとえば、フェラーリとかランボルギーニとかの図柄のTシャツって、通常の社会的感覚を持った大人は、まず着こなせないですよね」

   要するに、そんなスーパーカーを胸元につけて街を歩けば「ガキかよ」みたいになると。村上さんに言わせれば、メルセデス、BMW、ポルシェあたりも小金持ち風の雰囲気が漂い、「寒い結果に終わってしまうかもしれない。たぶんやめた方が安全です」となる。

   かといって、国産のハスラー(スズキ)とかプリウス(トヨタ)のTシャツを着たいかというと...「なかなかそういう気持ちにもなれない。少なくとも僕はなれそうにない」

  • もうすぐTシャツの季節。店頭にはカラフルな新作が並ぶ=東京都内で、冨永写す
    もうすぐTシャツの季節。店頭にはカラフルな新作が並ぶ=東京都内で、冨永写す
  • もうすぐTシャツの季節。店頭にはカラフルな新作が並ぶ=東京都内で、冨永写す

VWがちょうどいい

   なら、どんなクルマのTシャツがいいのか。村上さんの自問自答は、私にすれば意外にもドイツの国民車、フォルクスワーゲン(VW)に落ち着く。

「つらつら考えを巡らせていくと『フォルクスワーゲンくらいがちょうどいいのかなあ...』という結論にどうしてもたどり着くことになる。不思議にフォルクスワーゲンが、すっぽりその適正なポジションにはまっちゃうんです」

   やや強引にも思えるが、ここからが具体例を挙げての各論である。村上さんはまず、赤地に白で描かれた「New Beetle」のTシャツを紹介する。横のページ全体に、その写真がつく。ビートルとは世界中で走ったあのカブトムシ、その現行モデルである。

「街で着ていてとくに気恥ずかしくもないし、とくにエバッているようにも見えない...中産階級的ではあるんだけど、貧乏くさくはないし、ライフスタイルみたいなものもそれなりに、無口に持ち合わせている」

   普通に着こなすにはちょうどいい案配、ということなのだろう。続けて筆者は、他社を含め3車種にまつわるTシャツを、写真を添えて論評している。

   それぞれに「さりげなくていい」「なかなか悪くない」「コム デ ギャルソンのジャケットの下にやくざに着たりすると、それなりに決まるんだけど...」等のコメントがつく。

口語体も違和感なく

   上記コラムのタイトルは「フォルクスワーゲンは偉いかも」である。私にとってVWのクルマたちは、手堅いがやや退屈というイメージである。もちろん「※個人の感想」であるし、それらの所有者やメーカーの印象ではない。

   ところが、エッセイに添えられたビートルTシャツの写真を見ながら改めて文章を読むと、こんな感じも飽きが来なくていいかもと考え直した。私に思い直させたのは、すっきりデフォルメされたデザインか、作家の平易な文章か、よくわからない。

   Tシャツに向きそうなクルマといえば、今もハバナあたりで観光用に走る1950~60年代のアメ車である。テールフィンが立った派手なボディラインと、ギンギラギンの原色。すでにクラシックカーだから、もはや成金なんて言われない。その種の「ありそうな」図柄を排し、地味な結論に落とし込むあたり、村上さんのダンディズムなのかもしれない。

   それにしても、口語体のくだけた文章と、ノーベル賞候補との落差よ。それこそTシャツとタキシードほどの差といえるが、村上さんの中では、それらが同じ高さ、順不同で、違和感なく並んでいるに違いない。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)

コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。