2019年 7月 20日 (土)

誰が名付けたか「熊」の愛称 ハイドンの交響曲第82番

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   今年の日本は、気温の乱高下が激しく、暖かくなったと思ったらまた冬に逆戻り・・というような「極端な三寒四温」で春がやってきましたが、暦が立夏を過ぎて、ようやく冬の気配はなくなりつつあります。暖かくなると動植物も活動を始めますが、近ごろは、人間の住む近くで熊が目撃されることも多く、冬眠が終わるこのシーズンは気を付けなければなりませんね。キャラクターとしては可愛く描かれることの多い熊ですが、その強さは、到底人間が素手で立ち向かえるものではありません。

   実は恐ろしい「熊」・・・を愛称としているクラシック曲があります。古典派の作曲家、フランツ・ヨーゼフ・ハイドンの交響曲第82番です。

  • ハイドンの肖像
    ハイドンの肖像

パリに行かずに曲を書き上げる

   ハイドンの時代の音楽家は、王族や貴族、または教会に召し抱えられるのが当たり前でした。ハイドンも、30年以上の長きにわたってハプスブルグ帝国のハンガリー系貴族、エステルハージー家に楽長として仕えたのですが、在職中も、まったく他の依頼を受けない、というわけではありませんでした。作曲、指揮、楽団員の取りまとめなど、宮廷楽長として多忙を極めたはずですが、ハイドンの創作意欲は旺盛で、彼の名前が知れ渡ってくるにつれ、欧州各地からの依頼が舞い込むようになります。ハプスブルグ帝国の首都であるウィーンの出版社や、遠くロンドンの出版社からも作曲依頼がありました。ハイドンは「ダブルワーク」をしていたわけですが、それだけ、ハイドンの新たな作品は「売れる楽譜」と考えられていたわけです。

   そんな中、パリのアンサンブル団体から、作曲の依頼が舞い込みます。現在でもフランスの海外県として存在しているグアダループ島出身のヴァイオリニスト、ジョゼフ・ブローニュ・シュヴァリエ・ド・サン=ジョルジュがコンサートマスターを務めるコンセール・ド・ラ・ロージュ・オランピックという楽団からでした。この管弦楽団は当時としては異例の大きさを誇り、時には現代のフル・オーケストラに匹敵する人数で演奏したと伝えられています。

   その大規模なアンサンブルから、一挙に6曲もの交響曲の依頼を受けたのです。

   ハイドンはまだエステルハージー家に仕えていますから、パリに行くことはできませんでした。当主が代替わりし、音楽に興味を示さなくなり、ハイドンがきっぱりと職を辞するのはもう少しあとです。辞職してからは、遠くロンドンにも足を運んだハイドンですがパリからの依頼には、フランスを全く訪ねずに、オーストリア・ハンガリーの地で、ハイドンは曲を書き上げたのです。こうして完成したのが、現在「パリ交響曲」と呼ばれる 交響曲 第82番~第87番です。

   創作意欲にあふれ、かつ技術も経験も豊富なハイドンは、素晴らしい交響曲たちを生み出しました。のちのベートーヴェンほどの「大改革」はせず、古典派交響曲のスタイルは守っているものの、それぞれに工夫が凝らされ、片時も飽きさせない工夫にあふれています。またハイドンの持ち前のキャラクターである、活発な明るさにあふれているのも、このころの作品の特徴です。

本田聖嗣プロフィール

私立麻布中学・高校卒業後、東京藝術大学器楽科ピアノ専攻を卒業。在学中にパリ国立高等音楽院ピアノ科に合格、ピアノ科・室内楽科の両方でフプルミエ・プリを受賞して卒業し、フランス高等音楽家資格を取得。仏・伊などの数々の国際ピアノコンクールにおいて幾多の賞を受賞し、フランス及び東京を中心にソロ・室内楽の両面で活動を開始する。オクタヴィアレコードより発売した2枚目のCDは「レコード芸術」誌にて準特選盤を獲得。演奏活動以外でも、ドラマ・映画などの音楽の作曲・演奏を担当したり、NHK-FM「リサイタル・ノヴァ」や、インターネットクラシックラジオ「OTTAVA」のプレゼンターを務めるほか、テレビにも多数出演している。日本演奏連盟会員。

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