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令和に引き継がれた経済課題に正面から挑む

   ■「日本経済 低成長からの脱却」(松元崇著、NTT出版) 

   日本経済は、いわゆるアベノミクスにより、戦後最長の景気拡大を続けている。しかし、それは1%程度の低空飛行であり、政府が目標としている3%成長には程遠い。本書で指摘されているように、成長率は「主要先進国の中で最低」で、「(他の主要先進国より)1%ほども低い成長率」で推移している。その結果、世界経済の中での日本経済のシェアもしぼみ続けている。

   日本はこの低成長構造から脱却できないのか、そのための政策は何か......この平成最大にして令和に引き継がれた経済課題に正面から挑んでいるのが本書である。

増税して成長力を上げていく政策提案

   まず、本書は、少子・高齢化、人口減少下では低成長はやむを得ないというスタンスはとらない。労働生産性が伸びなくなったからだというところからスタートし、世界経済の競争環境において選択と集中が非常に重要になった時代において、日本企業が国内で労働生産性の向上につながる投資をしなくなっていることに原因を見いだす。その背景に、戦後できあがり、高度成長期には有効に機能していた日本独特の終身雇用制に代表される硬直的な労働政策が制約になっているとしている。

   この分析を、幅広い最新データと経済理論に基づき、理論的裏付けをもちつつ、経済学的知識を前提とせずに、分かりやすく整理しきっているところに本書の特色がある。

   そして、日本の低成長構造から脱却する政策として、米国型の成長モデルとスウェーデン型の成長モデルを比較した上で、高齢者重視の社会保障政策を見直し、スウェーデン型の積極的な労働市場政策を導入することを提言している。すなわち、日本の労働市場を柔軟なものに改革し、日本企業が国内において思い切った選択と集中ができる経済環境を造るとともに、転職する人がキャリアアップして所得が増える労働市場政策の仕組みの重要性が指摘されている。そして「幸せな人は仕事ができる」、これにより労働生産性が向上すると、美しくまとめている。

   このための積極的な労働市場政策には新たな税負担が必要であることも前提としており、増税とあわせて積極的な労働市場政策を講じていくスウェーデン型の政策体系を提唱している。増税して成長力を上げていく政策提案なのである。

同じ経済課題への解決策として正反対の議論が展開

   昨今、MMT(現代貨幣理論)と称して、過度なインフレになるまでは湯水のごとく財政出動するべきであるという経済理論?が現れたり、消費税率の8%から10%への引き上げで日本経済が崩壊するような主張が展開されたりしている。同じ経済課題への解決策として、これほどまでに正反対の議論が展開されるのは何故だろうか?

   私自身は、本書に賛同するところは多いが、3000万人を超えた女性労働者の半分が非正規で依然として十分に活用されていない(労働生産性が上がっていない)のではないか、イノベーションはGAFAに代表される米国企業が牽引し、その対抗勢力もBATHと称される中国企業で、日本企業のイノベーション力の低下や新興企業を生めない日本の産業構造こそ深刻ではないかといったことも感じる。これらの要因の一端も硬直的な労働政策にあるのかもしれない。

   本書は、社会保障財源としての消費税率の引き上げを控え、全世代型社会保障制度への転換が政府の課題となっている中で、日本経済の低成長構造からの脱却という経済課題について様々な思考を巡らすいい契機になると思う。一読をお薦めしたい。

経済官庁 吉右衛門