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全体の利益を長期に最大化する経営こそ最善の選択

■『「公益」資本主義』(著・原丈人 文春新書)

   会社はだれのものか。

   株主優先ではなく、従業員、取引先、顧客さらには地域社会や地球にも利益を配分するのが公益資本主義。そのためにも、持続的に利益を最大にする中長期の経営を重視する。

   1970年代に米スタンフォード大学ビジネススクールで学び、シリコンバレーの勃興期を知る著者は、当時と比べて、大企業もベンチャーも、革新的な技術を事業化しにくくなっていると実感している。長年の米国でのビジネス経験から、こうした考えに確信をいだき、松下幸之助、本田宗一郎をはじめ、日本的経営として当たり前だった経営を、「公益資本主義」として世界に普及させようと尽力されている。すでに、モルガンスタンレーのトップやデュポンのCEOといった実業家が賛同しているという。日本も、経済の停滞を脱するために、一日も早く株主資本主義から転換する必要があると説く。

株主資本主義が招いたこと

   1993年以降、米証券市場においては、新規発行株式による資金調達額を自社株買いの金額が上回り、上場市場は資金調達の場というより投機の場に変質してしまった。株価上昇を重視する機関投資家、上場企業の経営者に与えられるストックオプションなどが招いた歪みではないか。株式の平均保有期間も、東京証券取引所では、1992年に平均5年を上回っていたのが現在では1年足らずと短期化している。

   化学メーカー、デュポンの研究開発投資は、2005年には年間1兆円を超え、うち3分の2は、5年以上ないし10年以上の長期プロジェクトのためのものであった。中長期の研究開発が企業の存続にとって重要との経営判断があったからだ。しかし、中長期の投資が株価上昇につながることを機関投資家に説明することは難しく、M&Aに軸足を移さざるを得なくなった。同じ理由から、大企業によるベンチャー投資も、事業に目鼻が立ちM&Aができる段階以降に限られるようになった。株価上昇や株価の変動を重視する株主の影響で、事業会社が新たな価値を生む投資をしにくくしてしまっている。

7つの分野で方針転換を

   公益資本主義とは、事業を通じて公益に貢献すること。公益とは、株主、顧客はもとより、地球、環境、地域社会、従業員、そして経営者。それら全体の利益を長期に最大化する経営が、結果として企業が持続的な経済成長に貢献する存在にするという。

   公益資本主義が重視する要素は3つある。第一は、持続的成長を支える中長期の投資。第二は、豊かな中間層を生み出す公平な利益分配。第三は、果敢に新しい事業に挑戦するとともに、既存事業を不断に改良・改善すること。そうした方針に沿うよう、税制、会計基準、企業統治と法令順守、企業価値評価基準、規制緩和、金融証券制度、会社法の7つの分野で方針転換を図るべきだと著者は主張する。5年間以上保有した株式の売却利益の税率を5%、10年以上はゼロに引き下げ、株主の長期保有を促すのがその一例だ。

金融業の本来の役割

   金融業が株主を優先する経営をする弊害を指摘するのも本書の特長である。仲介を使命とする金融業は、できるだけ安価に安全に資金を融通することが求められており、自らの企業価値や株価上昇を目標とするべきではない。しかしながら、金融の自由化後、株主を最優先する経営が強まり、金融サービスが利益を生む商品に変質してしまった。手数料収入以外に投機的な利益を追求するようになり、相場の乱高下が大きくなり、アジア通貨危機、リーマンショックを招くことにもなった。

   公益資本主義において、金融業は3つのサービスを提供する使命があるという。新しい事業に資金を提供することは当然として、経営者や従業員のトレーニング、売れるまでマーケティングをサポートするハンズオン支援も必要である。著者は、アフリカ諸国の財務省・中央銀行とともに、マイクロ・ファイナンスを基本にした金融制度の枠組みを構築している最中だという。日本でも、株主資本主義の影響を受けない信金・信組が、まさにあるべき金融業として活躍することを期待したい。

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