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斉藤和義「202020」
時流に媚びない積み重ね

   タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」

   「今なんだ、みたいには思いましたね。大器晩成なのかって」

   2019年1月29日に通算20枚目のアルバム「202020」を発売した斉藤和義は、自分のキャリアについて、心持ち照れたような笑顔で淡々とそう言った。

   話のテーマは、2年前に発売した19枚目のアルバム「Toys Blood Music」がアルバムチャート一位だったことについて聞いた時だ。彼のデビューは1993年。前作はデビュー25周年の年に発売された。それだけのキャリアがありつつ、シングル、アルバムを通じて初めての一位だった。

   彼が口にしたように、もし、初のアルバム一位までどのくらい時間がかかったかというデータがあれば、間違いなく上位に来るだろう。

   時に流されず、時流に媚びず、自分のペースで活動を続けることがいかに大切なことか。そして、そういう積み重ねがあってこそ「自由」を手にすることが出来る。

   新作アルバム「202020」は、その証のようなアルバムだった。

  • 「202020」(ビクターエンタテインメント、アマゾンサイトより)
    「202020」(ビクターエンタテインメント、アマゾンサイトより)
  • 「202020」(ビクターエンタテインメント、アマゾンサイトより)

気負いがない、肩に力が入ってない

   タイトルの読み方は"ニ―マル ニーマル ニーマル"。2020年に発売になる20枚目という、言ってみればそれだけの理由に過ぎない。そういう曲が収録されているのでも、特別な意味が込められているわけでもない。「まんま」という奴だ。

   でも、アルバムを通して聞くと、その「まんま」が全体のトーンでもあることに気付くだろう。つまり、気負いがない。肩に力が入ってない。そして、そのことが斉藤和義というシンガーソングライターの個性であることを雄弁に物語っている。

   例えば、一曲目は1970年代の人気テレビドラマ「傷だらけの天使」の主題歌のインスツルメンタルだ。アルバムの最後は、やはり70年代初めにテレビで放送されていたアニメ「アンデルセン物語」のテーマ曲「キャンティのうた」のカバーである。66年生まれの彼にとっては少年時代の思い出と直結している曲のカバーで最初と最後が締めくくられている。特に「アンデルセン物語」は、実家に主題歌のDVDやシングル盤が揃っており、挿入歌に至るまで今も歌えるというほど近しいものだったのだそうだ。

   彼は筆者が担当しているFM NACK5「J-POP TALKIN'」のインタビューで「曲順はマスタリングの前日まで悩みに悩んだ」と語りつつ「最初と最後が他人の曲なのはどうかとは思ったけど、今回はそういうアルバムにしようと思いました」と言った。

   アルバムを象徴している曲が何曲もある。二曲目の「万事休す」もそんな一曲だ。ツアーバンドでリハーサルスタジオに入って最初に録ったものをそのまま使っているというアナログ感溢れるバンドサウンド。思いつくまま言葉を連ねたという歌詞は、日々実感する「万事休す」について。その中には「増税反対」「戦争反対「頻尿」「老眼」「アソコの白髪」まで登場する。極めつけのような「シャーク」は、締め切り直前の弱音と海に落としたサングラスをサメがかけて、それをアンコウが飲みこんでしまう、という「およげたいやきくん」のようなストーリーが一緒になっている。彼は「自分でも適当だな、と思って笑いながら書いてました」と言った。

清志郎ふうの「人懐こさ」「ユーモア」

   猫のような距離感、というと猫好きの方にはお分かり頂けるかもしれない。

   アルバムの曲は全14曲。歌詞のある12曲の中で5曲に「猫」が登場する。猫好きの彼の生活感がそのまま歌になっているようなアルバムは、ロック系シンガーソングライターの中でも特異と言って良さそうだ。

   彼の生れは1966年。ビートルズ来日の直前に生まれている。93年のデビュー曲が「僕の見たビートルズはTVの中」だったように、ビートルズをテーマにした数多くの曲の中でも等身大の距離感が新鮮だった。

   自分の身の回りのことを歌う。70年代風に言えば「四畳半的シンガーソングライター」でありつつ、学生時代はヘビメタのバンドをやっていたというロック少年。その一方でギターやドラム、ベース、キーボードなどの楽器を弾いて多重録音するという音楽オタクでもある。初めてチャート一位になった前作「Toys Blood Music」は、これまで使ってこなかった新しい機材を使った全編打ち込みの意欲的なアルバムだった。「202020」は、その対極でありそれでいてかつてないほどに「素」の彼が感じられる一枚となった。

   職業作家には書けない世界というのがあるのだと思う。作品としての完成度。誰が歌っても成り立つという客観性がそうした人たちの世界だとしたら、斉藤和義は「等身大の実感」が持ち味ということになる。Mr.Childrenの桜井和寿がカバーすることで火がついた97年の「歌うたいのバラッド」は、ギターばかりに関心が行ってしまい歌がおろそかになっている自分への戒めとして書いたという曲だ。彼は、やはりインタビューの中で「今回のアルバムは気合を入れて、にしたくなかった」と言った。

   そういう「身の回り」的距離感のアーティストで思い浮かぶのが忌野清志郎だろう。70年代の代表曲「僕の好きな先生」がそうだったように、個人的でありつつ誰にでも思い当たる親近感のあるロック。斉藤和義は、誰よりも忌野清志郎をリスペクトするシンガーソングライターでもある。2011年の東日本大震災の後に発売されたアルバム「45STONES」の中の「雨宿り」は、天国に逝ってしまった清志郎に向けた歌のようにも聞こえた。「202020」には、清志郎が最後まで失わなかった「人懐こさ」や「ユーモア」を受け継いだアルバムと言って良さそうだ。

   デビュー27年目で20枚のオリジナルアルバム。他にも様々なユニットやプロジェクトにも参加、CDも発売している。去年は、奥田民生、トータス松本、YO-KING、浜崎貴司らとともに寺岡呼人プロデュースのカーリングシトーンズにも参加、アルバムも発売した。

    2月29日からツアー「KAZUYOHSI SAITO LIVE TOUR 2020"202020"」が始まる。全52公演。「ツアーをやっている時が一番健康」という生粋のライブアーティスト。「大器晩成」は今が旬であることは言うまでもない。

(タケ)

タケ×モリ プロフィール
タケは田家秀樹(たけ・ひでき)。音楽評論家、ノンフィクション作家。「ステージを観てないアーティストの評論はしない」を原則とし、40年以上、J-POPシーンを取材し続けている。69年、タウン誌のはしり「新宿プレイマップ」(新都心新宿PR委員会)創刊に参画。「セイ!ヤング」(文化放送)などの音楽番組、若者番組の放送作家、若者雑誌編集長を経て現職。著書に「読むJ-POP・1945~2004」(朝日文庫)などアーティスト関連、音楽史など多数。「FM NACK5」「FM COCOLO」「TOKYO FM」などで音楽番組パーソナリテイ。放送作家としては「イムジン河2001」(NACK5)で民間放送連盟賞最優秀賞受賞、受賞作多数。ホームページは、http://takehideki.jimdo.com
モリは友人で同じくJ-POPに詳しい。