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林部智史「II」 泣き歌...笑ってほしいから歌う

タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」

   "泣き歌"という言葉が頻繁に使われるようになったのはこの10年ではないだろうか。

   一つの曲を語る時に"良い歌"という誉め言葉だけでなく"泣ける"という言葉が加わった。中でも若いリスナーたちの音楽に求める重要な要素になった。"泣き歌特集"はテレビの音楽番組で欠かせない企画でもある。

   2016年2月、"今、もっとも泣ける歌"として広がって行ったのが、2020年7月29日に二年半ぶり二枚目のアルバム「Ⅱ」を発売した林部智史のデビュー曲「あいたい」だった。

  • 林部智史「II」(avex trax/Amazonサイトより)
    林部智史「II」(avex trax/Amazonサイトより)
  • 林部智史「II」(avex trax/Amazonサイトより)

「自分の声が一番生きるところに行きたい」

   前作となった二枚目のアルバム「Ⅰ」が出たのは2018年1月。デビューから一枚目のまでが2年弱、一枚目から二枚目までが2年半。それだけを見ると、じっくりと時間をかけて作り上げたアルバムということになる。

   ただ、彼の場合は、それだけではない。2018年にはJ-POPのスタンダードを集めたカバー集「カタリベ」、2019年には唱歌や童謡などを集めた叙情歌のアルバム「琴線歌~はやしべさとし叙情歌を道づれに」が二作出ている。それらのアルバムの中の曲を歌い継ぐ「叙情歌コンサート」も行っている。

   デビュー4年半でオリジナルよりもカバーのアルバムの方が多いというのも稀有な活動例と言っていいだろう。しかも、林部智史は、ライブに定評のある若手アーティストだ。デビュー直後から全国50本近いツアーも組まれている。収録されている曲の多くはCDとしては新曲でありつつ、ライブでは歌われている曲も多い。

   彼は、筆者が担当しているFM NACK5のインタビュー番組「J-POP TALKIN'」でこう言った。

   「僕の場合はコンサートで披露した曲をアルバムに入れてるんで、普通とは逆でしょうけど(笑)。ずっと歌ってきている曲だからこそコンサートの感覚を大事にしたくて、一発録りにこだわりました」

   アルバムの第一印象は「ジャンルがない」だった。作詞も作曲も手掛けた自作曲が5曲。作詞だけという曲を入れると9曲。作家には一青窈の「もらい泣き」を書いたマシコタツロウやSMAPの「夜空のムコウ」を書いた川村結花、阿木燿子や来生たかおのベテランコンビによる曲「恋衣」などJ-POPのヒットメーカーの名前もある。反面、「叙情歌」シリーズを一緒に手掛けているというクラシック出身のピアニスト追川礼章の書いた「夢」はポップスというジャンルには収まらない。彼自身の手による「Perfect Day」はフォービートジャズだ。それでいて「色んな音楽をやってみました」という目先を意識したものではない。アレンジャーが全員それぞれが手掛けた曲にピアニストとして参加しているというピアノサウンドの統一感も加わって、どれも儚く繊細だけど劇的という林部智史の「泣き歌」になっている。

   「そこは意識しましたね。中には「叙情歌」のステージで歌ったものもあるんです。童謡や唱歌までは行ききれない。でも、そこに寄りすぎるとJ-POPじゃないでしょうし。どちらにも埋もれたくない。ジャンルではなく自分の声が一番生きるところに行きたい。そういう曲を歌いたい。それはオーディションで落ち続けていた時に、『声に個性がない』と言われ続けたからでしょうね」

コンサートらしいコンサート

   林部智史は88年5月、山形県新庄市の生れ。高校卒業後に看護師を目指して入った看護学校を中退。住み込みで働いていた北海道礼文島の民宿で出会った音楽好きな同僚の「その声で歌手にならないのはおかしい」という勧めで上京。新聞配達のバイトをしながら音楽学校に通った。オーディションで落ち続けたものの、カラオケ番組で優勝してデビューを決めた。歌手になることを勧めたギタリストの同僚とは、アマチュア時代の最後のステージを共にした。

   アルバム「Ⅱ」の中の核となっている「夢」は、そういう経験があってこその彼自身の詞だ。

「人は夢破れ 新たな夢を見る
 つまずき倒れても それでも歩いてく」
「全てを捨て去って 孤独も捨て去って
 生きてみたい」

   林部智史のコンサートは幅広い女性客で占められている。「歌を聴く」という意味ではまさしくコンサートらしいコンサートだろう。アルバム「Ⅱ」の初回盤には去年、サントリーホールで行われた「林部智史3rd Anniversary Concert」が完全収録されている。60名を超えるオーケストラを従えた歌声のコンサートは改めて「泣き歌の深み」を感じさせるだろう。

   「お客様の中には僕よりもちょっと年上の方も多いですけど、そういう方が泣いてくださるのは、同じ年くらいの方が泣いてくださるよりは完全に嬉しいですね。でも、狙いに行くと泣いて頂けない。『泣き歌』を歌おう、泣いて貰おうと思って歌いにゆくと違ってしまいますね。声が思うように出づらい日もあるとつい『泣きボイス』を作ってしまうんです。そういう時は自分が嫌になります」

   自分の歌をどんな人に届けたいか。アルバム最後の曲「僕はここにいるⅡ」は、前作のアルバム「Ⅰ」の中の「僕はここにいる」の続編になる。「その時その時の自分が歌っている理由を届けたい。同じタイトルにすることで、自分の成長と変化が記録されると思う」、という曲。作詞も作曲も彼だ。

「生きていく為に 一人じゃ何も出来ないけど
 時に一人で泣いてきたから 僕はそばにいれる」

   悲しいことを悲しく歌うことが「泣ける」だけでもない。「泣いたこと」のある人だから気づけることや感じてしまうこと。失ったこと、傷ついたこと、取り残され立ち尽くしたことのある人だから求める幸せ。自分がつまずいたことがあるから見える他人のつまずき。アルバム最後の「あなたへ」も彼の詞曲だ。

「あなたが人知れず涙した夜も
 誰よりそばにいたいから
 どうか笑って」

   泣いてほしいから歌うのではなく、笑ってほしいから歌う。だから泣ける。それが彼の「泣き歌」なのだと思う。

(タケ)

タケ×モリ プロフィール
タケは田家秀樹(たけ・ひでき)。音楽評論家、ノンフィクション作家。「ステージを観てないアーティストの評論はしない」を原則とし、40年以上、J-POPシーンを取材し続けている。69年、タウン誌のはしり「新宿プレイマップ」(新都心新宿PR委員会)創刊に参画。「セイ!ヤング」(文化放送)などの音楽番組、若者番組の放送作家、若者雑誌編集長を経て現職。著書に「読むJ-POP・1945~2004」(朝日文庫)などアーティスト関連、音楽史など多数。「FM NACK5」「FM COCOLO」「TOKYO FM」などで音楽番組パーソナリテイ。放送作家としては「イムジン河2001」(NACK5)で民間放送連盟賞最優秀賞受賞、受賞作多数。ホームページは、http://takehideki.jimdo.com
モリは友人で同じくJ-POPに詳しい。