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「パンデミック対策」は8年前に問われていた

■『ゲンロン戦記-「知の観客」をつくる』(著・東浩紀 中央公論新社)
■『日本最悪のシナリオ 9つの死角』(著・財団法人日本再建イニシアティブ 新潮社)

   「アエラ」(朝日新聞出版)は、1988年の5月24日号が創刊号で、評者は一時の中断があったが、創刊号から購読している。また、朝日新聞は子どもの頃からの読者だ。朝日新聞やアエラで、近時「スカッと」することをウリにしている記事には、残念ながらあまり共感できないことも多いが、ある意味、朝日新聞やアエラの軌跡とともにこれまでの人生を歩んできたという気持ちがある。

   そのアエラでは、最近の傾向に逆らう巻頭コラム(隔週掲載)に、優れたジャーナリストとして存在感を高めている石戸諭氏を聞き手として、自身の2010年代の格闘を振り返った近刊「ゲンロン戦記~『知の観客』をつくる」(中央公論新社)が好評な東浩紀によるものがある。

新たな医療体制を考えることが重要

   最新号(2月1日号)では、「短期間我慢すればコロナ前に戻れるという発想が『現実逃避』」と題して、最近の風潮に警鐘を鳴らしている。「無感染者が多く感染力の高いコロナは封じ込めが難しい。・・重要なのは、・・目の前の数字に一喜一憂することではなく、新たな医療体制(評者注:感染者増に耐えるように医療体制を変える)を考えることのはずだ。なぜそのような議論が中心にならないのか、理解に苦しむ」とし、「残酷な現実にそろそろ向かい合うべきではなかろうか」とする。

   昨年春マスクの供給が足りないときには、日本は、官民協調してマスクの提供・増産体制を整えるためかなりの資源を投入した。既存のメーカーのほか、ミネベア、アイリスオーヤマ、サンヨーなども参入した。この間、産業界が、マスクは供給できないから外出するな、と国民に命じただろうか?「供給が追い付かず、増産に努めている。ご迷惑をおかけして申し訳ない」というスタンスだったと記憶する。一方、医療サービスについては、客観的にみて、欧米先進国に比べて国民の努力もあり感染者数などはけた違いに少なく、過去には医師優遇税制も受けて構築されてきた優秀な医療体制のはずが、業界団体である日本医師会は、危機時の供給不足について反省を示すどころか、上から目線で国民に我慢を呼びかける始末だ。これに迎合する論調が主要なメディアで氾濫し、政府は、コロナに関連する法改正はいまの危機が落ち着いて検証してからとの方針を変更し、統制強化を内容とする法改正に踏み込んだのだった。

   この点については、日本経済新聞のコロナについての冷静な報道ぶりには最大限の敬意を表したい。1月23日付朝刊の1面トップ記事は特に注目すべきものだった。「『専門医ゼロ』重症施設の2割に 首都圏、コロナ入院困難 人材の集約・育成急務」とし、「公的病院や大学病院を軸に施設が整った病院をコロナ重症者の治療拠点とし、専門医を集める必要がある。コロナ以外の重症者の受け入れ病院と役割分担すれば医療資源を効率的に活用できる。」と提言し、「入院拒否への刑事罰は厳しすぎないか」と関連法改正の内容の一部に明確に反対の社説を掲げた。同じ日、朝日新聞は「『入院拒否に懲役』閣議決定」と報じ、社説では「疑問がつきない政府案」として、社説が、政府批判をしながらも、医師会などには注文をつけず、医療体制をどう具体的に変えるべきかという提言もなかった。新聞は権力のチェックを行うのはその本質に関わる重要な仕事である。ただ、社説においては、あいまいで感情的な批判を行うのではなく、どうすべきか、という具体的な提言を行うべきではないだろうか。

コロナ禍で読み直すべき一冊

   今年は、東日本大震災及び東京電力福島第一原子力発電所の事故から10年目となる。この事故の反省を踏まえ、財団法人日本再建イニシアティブ(当時)から2013年3月に世に問われたのが「日本最悪のシナリオ 9つの死角」(新潮社 現在は電子書籍のみ)である。

   本書は、「第1部 最悪のシナリオ」で、尖閣衝突、国債暴落、首都直下地震、サイバーテロ、パンデミック、エネルギー危機、北朝鮮崩壊、核テロ、人口衰弱という9つのテーマについて「最悪のパターンを描くことで、現在の日本の社会が抱える問題点を明らかにしたい」としていた。「パンデミック」は今読むととても生々しい。このパラグラフで、「英語のクライシスの語源がギリシア語で決断を意味する言葉だとし、危機は瞬時に決断できるかだ」という医師のことばを印象的に使い、スペイン風邪の時代から、感染症致死率は国や地域で大きく異なるとし、「知事の迅速な決定能力、リーダーシップ、平時の医療の質、公衆衛生への取り組み、メディアとの協力による広報・・・」などで命運を分けたとする。

   「第2部 シナリオからの教訓」では、我が国における危機対応の実情を踏まえ、法制度、官民協調、対外戦略、官邸、コミュニケーションの視点で課題・提言事項をまとめている。そこでは、レジリエンス(復元力)が重視されている。「日本は、『防災先進国』ではあるが、『レジリエンス先進国』ではない」と断じている。

   「おわりに」で、財団法人日本再建イニシアティブの理事長で、元朝日新聞主筆の船橋洋一氏が、「危機の際、権力者は国民のパニックを怖れる余り、脅威を発する事象そのものではなく、制御できなくなるかもしれない国民を脅威の源泉と見なすことが往々にしてある。それは"エリート・パニック"現象として知られている」と戒め、危機管理の第一人者の言葉を引いて、「危機において、国民は決して『お荷物』なのではない。国民は『資産』なのである」という。

   このコロナ危機にもう一度読み直すべき価値ある1冊だ。船橋氏のようなリアリズムにたった分析を行うジャーナリストが朝日新聞から去り、情緒的な紙面が増えてきているのは長年の読者としてあらためて残念に思う。

経済官庁 AK