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園芸療法 岩崎寛さんは植物の力を信じ、同好の士に流布を求める

   NHKテキスト「趣味の園芸」3月号の「心と体にやさしい園芸療法」で、千葉大学大学院の准教授、岩崎寛(いわさき・ゆたか)さんが「植物と暮らす意味を考える」と題して書いている。園芸療法研究者による連載の最終回で、これまで10回の各論をおさらいしながら、草花と触れ合うことの効用を改めて説く。

「人間はそもそも自然の中で生活してきた生物で、自律神経のバランスも免疫系が正しく働くのも、すべて自然の中で機能するように設計されています」

   自然の中に身を置くことで、血圧や心拍数は正常値に近づく。オフィスの観葉植物が仕事中のストレスを軽くし、ハーブを使った料理が人を癒すこともあるという。

   植物との関りで岩崎さんが重視するのは「無意識に接する」こと。その機会を増やすのが研究者の役割であり、「読者の皆さんには、園芸の楽しさを周囲に広げていってくださることをお願いしたい」...間口は狭いが奥が深い、専門誌ならではの訴えだ。

   岩崎さんは10年ほど前、アロマオイルで芳香をつけたマスクを24人の被験者につけてもらい、満員電車のストレスがどれほど和らぐかを調べた。その結果、自分の好きな香りを嗅ぎながら乗車した場合、怒りや敵意といった感情が抑えられ、活気が増す...つまり心理的にはストレスが軽減されることが証明された。

  • 春が深まり、花屋の店先にも彩りがあふれる=世田谷区内で
    春が深まり、花屋の店先にも彩りがあふれる=世田谷区内で
  • 春が深まり、花屋の店先にも彩りがあふれる=世田谷区内で

香りマスクの効用

   「人間は自然の中でこそ正しくストレスに対抗できます...それがマスクにつけたアロマオイルの香りであっても、人は身近に植物を感じることで、元のよい状態に戻ろうとするのです」...だから植物のない環境では、好きな香りをつけたマスクを着用するのも手だ。幸か不幸か今やマスク姿が常識となり、好奇の目で見られることもない。

   もちろん、植物の香りは効用のほんの一部。庭づくりや庭いじりは気分転換になるし、趣味で園芸を続けること自体、漠たる不安を軽くする効果があるそうだ。

「多くの人に園芸を楽しんでもらうためにも、それぞれの必要とするかたちで植物を選び、長く接してもらいたいのです。園芸を楽しんでいるあなたは、すでにその第一歩を歩み出しています...皆さんは、自分がどう植物と接したいのかを改めて考えてください」

   読者のほぼすべては園芸ファンなので、ここまでピンポイントの呼びかけが可能になるのだろう。例えれば先生と生徒、コーチと選手のような関係である。

「育っていく植物に接して生命のすばらしさを感じ、咲き誇る花々に心躍らせ、収穫したハーブを日常に取り入れ、そして枯れゆく葉に時の経過を実感する。その経験のすべてが人を癒やし、毎日の生活を潤いあるものとしてくれるのです」

   誤解を恐れずに書けば、こうなると教祖と信者の関係にも通じるものがある。

「潤い」の源とは

   雑誌のプロフィールによれば、岩崎さんは医学、薬学、看護学などの視点から「人と植物のよりよい関係」を探求中。病院緑化を含む園芸療法のほか、アロマセラピーや森林療法についても科学的にアプローチしている。

   その道の専門家に教えられずとも、植物が心の健康にいいのは何となく分かる。その姿に癒され、香りに安らぎ、日々の変化にもろもろの移ろいを気づかされる。

   わが家のリビングにも観葉植物がある。それも長いこと。

   東南アジア原産のアロカシア・アマゾニカというサトイモ科の鉢植えで、これが丈夫というか健気というか、大した世話もしていないのに15年近く生きている。最初は上記のような効用を期待し、おつりが出るほど応えてくれたのだが、今はこいつを死なせてなるものかと、正直ストレスのほうが多い。

   そんな鉢植えに対し、切り花には限りがあり、間もなく消えるという前提で楽しめる。岩崎さんが書く通り、枯れたら哀れを感じるが、ペットロスほどの悲しみはない。植物は生きてはいるが、人の勝手でモノと割り切ることもできるのだ。

   その命を認めてもよし、認めなくてもよし。扱いすべてを己に委ねられる心地よさこそ、岩崎さんが言う「潤い」の本質なのかもしれない。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。