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「材料」の力を考える

■『世界史を変えた新素材』(著:佐藤健太郎 新潮選書)

   筆者は有機化学の研究者出身。2013年に有機化合物をテーマとした「炭素文明論」を刊行したのちの講演で、高校生から有機・無機を問わず歴史に大きな影響を与えた化合物は何かと問いかけられたことが本書の執筆につながったという。

   本書は、文明を動かした12の材料の物語とこれからの材料科学の展望。筆者が材料に着目するのは、材料が変革のための「律速段階」(一連の変化の段階のなかで最も速度の遅い段階)ではないかと思うからだそうだ。文明がワンランク上に進むためには、素晴らしい才能の主、人々の心構えの変化、政治や経済、気象や災害など多くの要素が絡んでいるが、優れた新材料は他の要因よりも格段に出現しにくいのではないかという。

「材料」のことを知る楽しさ

   本書に登場する材料は、金、陶磁器、コラーゲン、鉄、紙(セルロース)、炭酸カルシウム、絹(フィブロイン)、ゴム(ポリイソプレン)、磁石、アルミニウム、プラスチック、シリコン。古くから知られ人類の文明の歩みとともにあったともいえるものから近年発見・発明されたもの、天然自然の素材や生物が生み出したものから人工的に作り出されたものまで多彩だ。ひとつひとつの材料の歴史を知ることは、それ自体が楽しい。近年発見・発明されたものは、その発見・発明や実用化に関わった人々の成功や失敗、あるいは偶然の物語にも触れることができる。

   古くからある材料も、科学(化学)の進歩とともに、新たな用途が生まれたり現在でも進化していたりする。金は、その極めて細長く延ばすことができ伝導率が高い性質から半導体の電極とチップをつなぐ配線に用いられているし、陶磁器は原料の精製度の向上と焼成温度のコントロールなどで高強度や高耐熱性を実現できるようになっている。紙の製法は2000年前と基本的に変わらないが、それを構成するセルロースをほぐしたナノセルロースをプラスチックと複合させると鋼鉄より軽くて強い材料を創り出すことができるそうだ。

材料科学のこれから

   磁石やシリコンは、記憶装置や演算・制御装置を通じてコンピュータの基盤になっている。コンピュータの進化は、こうした装置の製造・加工技術の高度化によりもたらされたといってもよいのではないだろうか。現在の情報通信技術を踏まえてどのようなデジタル社会を築いていくかといった議論をするときも、その基礎には様々な装置があり、さらにそれらの元となる材料があることを思い出しておきたい。「画期的な材料が出現すれば、その上に構築されるテクノロジーも全く別次元へと進化してしまう」ということになる。

   材料研究の分野では日本は大きな存在感を発揮してきたが、かげりが見えてきているという。新しい材料をコンセプトから製品化につなげるには試行錯誤を繰り返しながらの性能や製造法の改善が必要で、資金力とマンパワーのあるところが優位となる。日本が強みとしている新しいコンセプトをつくる部分でも、ビッグデータの高速解析と深層学習が威力を発揮し始めている。

   筆者は、現在は「きちんとした理論的背景のもと、原子レベルで設計することによって、新たな機能を持たせた材料を合成する時代に入った」という。材料のことを知る楽しさに加えて、これからどのような(夢の)材料が登場してくるか(そしてそれは誰がどのような形で見つけるあるいは創ることになるのか)、その材料は人々の暮らしや世界の構造をどのように変えるか、そして、(材料科学の分野に限らないが、)日本の競争力をどのように確保していけるか、改めて、そういったことを考えさせられる。