強い思いがあった

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   注目の米アカデミー賞のノミネート(候補)が発表され、作品賞(+三部門)に「硫黄島からの手紙」、助演女優賞に「バベル」の菊地凛子が選ばれた。日本人女優のノミネートは、「サヨナラ」のナンシー梅木以来、49年ぶりだそうだ。

   番組の芸能コーナーは、「快挙」を成し遂げた菊地に注目するも、やはり準備不足の感は否めない。通常のワイドショーなら、本人の映像・インタビュー、友人談話、これまでの足跡(出演した映画)などがふんだんに流れるだろう。しかし、この番組では、リポーター・井上公造のいい加減なお喋りだけだ。

   井上は「これまで日本人俳優には言葉の壁があった。(それを越えて)演技が評価されたのはスゴイ」という趣旨のことを言ったが、菊地が演じたのは聾唖者の役なのだ。そして、テリー伊藤は「オーディション前に手話をマスターするなど、パワー、強い思いがあった」と役柄について知ってることをアピールしたが、「強い思い」という表現は昨日の使い回しである。

   さて、オスカーの発表は日本時間で2月26日。外国人の目には、じつに親アメリカ的に映るアカデミー賞で、 日本人が“参加賞”以上のプライズをゲットできるのだろうか…。

「ゴミをためた理由とは!?」

   「ゴミ屋敷」突撃取材は、ワイド系ニュース番組の定番ヒマネタになっているようで、どこの局でも見られるクラップ企画だ。VTR前に、阿部哲子アナが「(ゴミをためた)その理由とは!?」と前振りしたけど、視聴者は数多くの事例から、それをすでに知っている。そのことは、制作側だってご存じだろう。

   ゴミ屋敷の住人は、たいてい孤独な老人で、どこか統合的な判断力が失われつつある中、古い教えや道徳を守り続けている。モノは簡単に捨ててはいけない、リサイクルして使わなければいけない、将来使うつもりなので「ゴミ」ではない…。

   「なにがゴミか」というのは難しい問題だ。身長が自分の半分しかない老人に、正義のマイクをふりかざすリポーター、ゴミの映像に頼って視聴者をコケおどかそうとする制作者(ディレクター?)なんかは、「ゴミ」でないと言えるのか言えないのか。

   「ゴミ」屋敷には近所に対する悪臭など衛生面、崩壊の危険など有害性があるにしても、そこにメディアで取り上げるほどの社会性、公共性、緊急性があるんだろうか、と思う。もっと有害なモノはいくらでもありそうなんだけど…。

   この番組は、医療問題などの硬派なテーマのものは、そんなに悪くない。“報道”は、見せ方の仕掛けがなくてもたいして問題にならないからだろう。反対に、主婦・女性むけと思しきグルメ・生活ジャンルの”柔らか企画”では、その点が致命的だ。主婦をなめているのか。

文   ボンド柳生
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