仔猫みたいな二宮くんには年上の女が似合う(拝啓、父上様)

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   味わい深いドラマである。胸のすくような痛快さも、ハラハラドキドキの展開もない。なのに毎週楽しみにしている自分がいる。

   描かれるのは、神楽坂の老舗料亭「坂下」で板前修行する一平(二宮和也)と、彼をとりまく人々の日常。一平に父はいない。名前も顔も知らぬ父へ、心の中で語りかけながらストーリーは進む。

   心地よいのは、嫌な人がいないからかもしれない。感情にまかせて、つい要らぬことまで口走ってしまう若女将だって、そんなに悪い人には思えない。

   捨て猫にエサをやってしまい、近隣の新しい住人に文句を言われる大女将(八千草薫、おばあちゃんと呼ばれることに違和感を抱くほどカワイイ)。若女将に頭が上がらない婿養子の保さんが、ため息ついて板場に立つ逆光の後ろ姿。普段は着物なのに家ではダンサーばりに足を上げてストレッチしている仲居さんや、デクノボーキャラのわりに時々鋭いことを言う板前見習い。なんでもないエピソードやシーンが秀逸で、それぞれの人となりを鮮やかに伝える。たしかにそこに存在しているようで、いとおしく思えてくる。

   一平があこがれる謎の少女が、月水金はフランス語しか話さないというのは、ちょっと作りすぎだけど。

   二宮くんもいい。酔って歩く夜道、足元にからみつくビニール袋をふりはらおうとジタバタするさまは仔猫みたい。思わず捕獲したい衝動にかられる。若い女性とのカラミより、母親役の高島礼子といるときの方がよほど色っぽい。年上の女が似合うわって、それは私の願望か。

   もとい、時の流れとともに、人も町も変わっていく。たぶん坂下はなくなってしまうのだろう。だけどここに出て来る人たちは、どこへ行っても生きていけそうな気がする。しっかり地に足がついているから。

   6話から森山良子の歌うエンディングテーマが変わった。軽やかな曲からメッセージ性の強い曲へ。「手」というタイトルのその歌詞に耳を傾けながら、画面に映し出されるモノクロームの写真に見入る。 「差し伸べる手」「抱きしめる手」「祈る手」。手は、驚くほど雄弁に語るものだな。言わんとすることがストレートに伝わってくるのは、ドラマの底に流れているものと通じるからだろう。

   ※ 拝啓、父上様 木曜夜10時・フジテレビ系

文   ツキノ・ワグマ
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