「坊さんの修業しただけあって大変まじめな人」

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   スーダラ節の植木等さんが亡くなった。「わかっちゃいるけどやめられねえ」、スーダラ節の詞を作った青島幸男さんを追うような死だった。

   植木が盟友・故ハナ肇とコミックバンド「クレージーキャッツ」を結成したのは1957年。岸内閣が誕生し、『戦後』が終わり、高度経済成長が始まりかけた年だ。

   61年スーダラ節、62年映画「ニッポン無責任時代」は、貧しいながらも前ばかり見て駆け上がった追いつき追い越せの時代。植木の歌は、後ろから肩をたたかれ「かなり凝っているぞ」と、癒された印象が残る。

   植木にあこがれていたという小倉智昭は「話をしたことがありますが、坊さんの修行をしただけあって大変まじめな人だった」と振り返った。

   まじめな性格と無責任男の役柄のギャップに悩んでいたようで、昨年収録したインタビューで植木は「実像で生きられなかった。どれが本当の生き方かわからないというのが、正直なところ」。

   まじめな性格だからこそ「無責任男の役」が大ヒットしたと言えなくはない。

文   モンブラン
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