2. 山口先生憧れの安東の酒

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特産の焼酎を求めて

   洛東江(ナクトンガン)を渡って安東(アンドン)の市街へ入ると、またもや日は暮れていた。ここでもひとまず駅前の広場に立つ。狭い小路の奥に照明の入った赤い看板がごちゃごちゃと見え、体は自然とそちらへ向かった。

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ヘムルタン。日本語でいえば「海鮮鍋」だ
ヘムルタン。日本語でいえば「海鮮鍋」だ

   「今夜は焼き肉にしましょうか。ちょっと高くつくかもしれませんが」という姜(カン)先生の提案に、誰が異議を差し挟もうか。「ソカルビ」(牛のスペアリブ)の表示があがる店に入る。翌朝わかったことだが、この路地は「カルビ横丁」というのだった。女将さんを中心に、夫、姑、娘たちと、一家総出。次から次に押し寄せる客に立ち向かって、猛然と働いていた。

   近所に安宿はないかと尋ねると、夫は込み合う客をほったらかして、旅館まで案内してくれた。タバコを一服したりし、いい息抜きが見つかったという風だった。

   「ここが安東なんですね。安東に来ることができて、ぼくは幸せです」。山口先生が、いちどは訪ねたいと願っていた土地だった。儒教と両班(ヤンバン)文化のふるさとであるのもさることながら、「安東焼酎」を特産とするためである。とりわけ無形文化財・趙玉花(チョー・オクファ)女史が製造するそれは、磁器の瓶に入っていて、格調が高い。味と香りに少し癖があり、筆者は一口いただいてあとは遠慮したが、先生は旅行中ずっと瓶を抱いて過ごし、飲み尽くしたのちの空瓶を日本に持って帰った。

記者時代、姜先生の苦い思い

   安東がある慶尚北道(キョンサンプクド)は、姜先生の記者時代の取材拠点である。韓国合同通信時代の1961年、軍事政権を批判して投獄され、通信社も解雇された。東亜日報がたまたま記者経験者を募っているのを知って応募、32倍の難関をくぐって採用されたが、5年後、軍の贈収賄事件をすっぱ抜き、各方面から圧力を加えられるなか、元の記事に手を加えず、そのまま載せることを条件に、みずから退職。68年、釜山日報に転じ、ここで定年まで過ごす。最後は慶尚北道の道都・大邱(テグ)の支社長だった。

安東の農村は日本の山里をしのばせて、どこか懐かしい
車窓から見た韓国の農村は日本の山里をしのばせて、どこか懐かしい

   忠清北道(チュンチェンプクド)との境界にそびえる山岳地帯に歩いて登り、焼き畑農業を続けている火田民を何日も取材、ひどい格好で下山したこともある。「ぼくはだいたい地方の取材が好きなんです。いったん取材に出ると、連絡のつかないような田舎をうろついて、1カ月も家に帰らないことがしばしばありました」という。

   そんな出張から帰宅すると、奥さんが亡くなっていた。「葬式もなにも、息子がすませたあとで……。ぼくが30年も独身を通しているのは、妻に申し訳なかったという気持ちも少しはあるんです」と話す。

セマウル号から山を仰ぐ

   安東午前10時始発特急列車セマウル号の乗客は、小学生や幼稚園児ばかりだった。祝日だったのだろうか、みんな遠足に出掛けるといった様子である。車内で盛んに記念写真を撮っていて、日本の子供なら「チーズ」というところ、「キムチー」と叫んでいた。

安東駅発の特急に乗り込む子どもたち
安東駅発の特急に乗り込む子どもたち

   車窓には日本にもかつてはありふれていた美しい山里の風景が次から次に現れ、列車は洛東江の流域を離れて北上、姜先生が火田民を探してさまよい歩いたという山岳地帯へ分け入り、やがて漢江(ハンガン)の源流地帯をゆく。

   100年ばかり昔、ソウルから船で漢江を遡行して、このあたりに至ったイギリスの旅行作家イザベラ・バードは、その著書『朝鮮紀行』のなかで、住民が虎を非常に恐れていて、夜は出歩かず、戸締まりも厳重にし、実際、家畜や人が襲われる例があると記している。たった100年前。虎がそんなにいたのだろうか。「いまもいるんじゃないですか。太白山(テペクサン)では、雪の季節、ときどき足跡が見つかるそうですから」と姜先生は真顔である。列車はその太白山の険しい岩峰群を目指して、つき進んでいるのだった。(つづく・・・第3回「意気投合したアウラジの女」

交通:木浦→光州→大邱→安東(バス)
朝食:ヘムルタン(海鮮鍋)
昼食:茹でたジャガイモ
夕食:ソカルビ
宿泊:大栄荘旅館(2人1室で1泊2万5000ウォン=1人約1,600円)


   (参考)韓国の鉄道と高速バス

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