「陸に上がった軍艦」
新藤兼人95歳「元水兵」の戦争体験を語る

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   現在、日経新聞「私の履歴書」に95歳の脚本家でもある新藤兼人監督が執筆している。貧しい生活で映画に希望と活路を求めた履歴は読む者を引き付ける。それに呼応するかのように新藤の脚本と出演の映画が出来上がった。

Photo by Sawara Chikamatsu
試写会で挨拶する新藤兼人監督(右から2人目)と山本保博監督(右端)ら
Photo by Sawara Chikamatsu

   昭和19年3月、松竹シナリオライターで32歳の新藤にまさかの召集令状が来る。戦争も末期になると30過ぎの年齢など構っていられない。出征の旗に見送られて「あ、これでシナリオが書けなくなるな」という思いだったと言う。一番下っ端の帝国海軍二等水兵で呉海兵団に入隊。それから宝塚海軍航空隊に転じたが、予科練の少年隊員たちのため掃除や洗濯が主な任務だった。軍艦の甲板掃除という想定で、宝塚歌劇の講堂をはるか年下の下士官にしごかれながら拭き続ける。翌年8月に上等水兵で終戦。ビンタをくらい、殴られるだけの1年半。

   海軍といっても軍艦も飛行機も無く、戦闘をした訳では無い。最後に日本上陸敵戦車を想定して地雷を投げるシーンが可笑しい。木製の戦車模型を10数人が曳き、蛸壺に入った新藤たち兵隊が木製の地雷を戦車の下に投げ入れる。号令一下、真面目に大人が戦争ごっこをする。もっと笑えるのは、靴を反対に履いて海岸を歩き足跡を残す作戦。前進しているのに退却しているように見せかけるのだという。大の大人たちが将校視察の中、真面目に逆さま軍靴で行進する。武器も満足に持たない水兵たちを訓練するにはこんな猿智恵しかない軍人の低能さに腹が立つ。

   30歳を超えた召集組み同期の100人で生き残ったのは6人だけだった。戦地へ送られる途中の輸送船が撃沈され水死したり、空襲を受けて戦死した人たち。新藤自身も画面に登場し、劇中の回想場面の繋ぎに証言する。何としても戦争はニ度と起こしてはならない、この体験を後世に残したい、との新藤の意思だ。メガホンを取ったのは、長い間新藤の助監をした山本保博で、これが映画監督デビュー作だ。

   映写の後、新藤は語りの大竹しのぶや主演の蟹江一平などを従えて挨拶に現れた。白髪で矍鑠(かくしゃく)としている。流石に長時間立っての喋りは辛いと椅子に腰掛けて話をするが、論旨明快、滑舌も素晴らしくちっともボケてはいない。唯一の悩みは金が無いことで、伝えたい作りたい映画は商業主義の作品でないだけに誰も手を差し伸べてくれないと嘆いている。それにつけても「金の無さ。私は脚本を書き出演をしたが、一銭も貰っていません」と新藤は皆を笑わせる。

   この秋から新作の撮影に入るが、自分を育て見つめてくれた「恩師」についての映画だと言う。映画完成は96歳の夏だ。

   91歳の市川崑監督といい、映画監督は寿命が長い。吉永小百合で「母べえ」を撮り始めた75歳の山田洋二監督なんか、新藤に比べたら洟垂れ小僧だ。

   「陸に上がった軍艦」は盛夏、渋谷ユーロスペースで公開される。

恵介
オススメ度: ★★★☆☆
陸に上がった軍艦
2007年日本映画・パンドラ配給・95分・2007年7月公開予定
監督:山本保博
脚本・証言:新藤兼人
出演:蟹江一平
語り:大竹しのぶ
公式サイト:http://www.oka-gun.com/
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