日本人記者も殺された軍政ミャンマー「みのもんたなら3日もたない」

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   スチル写真が3枚写った。警官と兵士に追われて逃げる群衆から取り残されたように倒れている男性。開襟シャツに半ズボン、サンダル。右手にカメラ。右胸に撃たれたらしい傷がある。1、2枚目では、まだカメラをあげ、首を起こしているが、兵士が通り過ぎた3枚目では、仰向けに頭を地につけていた――

ミャンマーで言いたいこと言ってたら・・・

   これが、9月27日ミャンマーの首都ヤンゴンで死亡したジャーナリスト長井健司さん(50)の最後の姿らしい、と番組は伝えた。このロイター配信の写真は、朝日・毎日・読売・産経の各紙朝刊1面に載っているものと同じ写真だが、毎日を除く3紙では長井さんらしい姿がすっぱりと削られている。なぜだろう?

   長井さんはフリーで、東京のAPF通信の契約記者。たまたまバンコクで取材中だったが、ミャンマー情勢を見るといって25日にヤンゴンに入った。27日に「平穏だ」と同通信に連絡があったが、午後は連絡がつかなかった。外務省から送られてきた、死亡した男性の写真を同夜、同通信の山路社長が確認したという。

   僧侶によるデモから始まり、10万人規模にふくれあがったミャンマーの緊張状態は、昨日27日が10日目だった。直接的には、ガソリンの大幅値上げに対する抗議だが、背景には88年から続く軍政への反発と貧富の格差がある。

   特にミャンマーでは尊敬の対象である僧侶が中心のデモだったため、その僧衣の色から、欧米のメディアは「サフラン革命」と呼んでいたが、軍事政権は結局、群衆への発砲など強硬措置に踏み切り、長井さんを含む9人が死亡したと伝えられる。

   93年に日本に亡命し、難民認定を受けている元教師のマ・モーモー・イさん(44)が、軍政下のミャンマーの現状を語った。

   「家の中でも政府の悪口はいえない。電話でもいいたいこといえない状態。その民衆がデモに参加しているのを見て、涙が止まらなかった」

   また、ミャンマー在住の日本人が匿名で電話に答え、「軍隊は、この国で一番大きな会社みたいなもので、それを支えているのはミャンマー人のビジネスマンたちなんです」と、一部富裕層と民衆とがかい離している現状を語った。

   マ・モーモー・イさんは「いつも思うのは、(政府を批判している)みのさんはミャンマーだったら、どこかの国で亡命申請しているだろうなと」といった。

   「はあー、私がミャンマーで言いたいこと言ってたら・・・」というみのに、浅野史郎が「3日ともたない」

文   ヤンヤン | 似顔絵 池田マコト
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