「最後の戦犯」に思う 命令する方と実行する側の差

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   <最後の戦犯>中居正広主演の映画「私は貝になりたい」を見た。根が真面目で素直な中居くんの持ち味がよく生かされていた。で、その流れで、同じ戦犯がテーマのこのドラマを見たわけ。放送翌日の12月8日は、67年前、太平洋戦争が始まった日でもあるしね。

   実在の人物による「告白録」を基にテイ義信が脚本を書いている。映画「月はどっちに出ている」(1993年)を見て以来、好きな脚本家の一人だ。

「やってられるか」

   昭和20(1945)年の8月10日、つまり終戦の日の5日前。福岡近くの部隊で、米人捕虜の斬首が行われる。穴を掘ってその前に捕虜たちを並ばせ、一人ずつ首を切るのだ。

   首切り役の選び方がまた、底意地の悪いことこの上ない。まず、志願者を募る。1人進み出る。「あとはいないか」と上官があおる。息づまる見習士官たち。しかし、進み出る者はいない。ここで、一緒になって息をつめていた私は「ああ、よかった」。次々に勇んで進み出られたら、どうしようかと思っちゃった。なお、あとでわかるのだが、進み出た1人は爆撃で親兄弟をみんな殺された篠崎(新井浩文)だった。

   だが、志願者がいなければ指名だ。主人公・吉村修(ARATA)も指名されてしまう。「私は貝……」では、中居くん扮する主人公が実際は殺していないのに対し、こっちはためらいつつも殺してしまう。

   そして終戦。戦犯追及の手が迫ってくると、処刑を命じた陸軍大佐・加藤清晴(石橋凌)は吉村たちを呼びつけ、偽名を記した除隊証明書を渡して身を隠すよう命じる。ここから、吉村は母(倍賞美津子)と姉(原沙知絵)、妹(前田亜季)に駅頭で別れを告げ、別人として生きる逃亡生活に。

   それにしても、斬首シーン。お互いに殺したくも殺されたくもない。くっつかんばかりの至近距離で見交わす恐怖に満ちた双方の眼と眼。殺される米兵も殺す見習士官も、多分職業軍人ではなく、事実上徴兵された身だろう。見習士官といっても、この時期では、ただ少々学歴が高かっただけだろうから。吉村も高等商業学校出だ。

   机上で戦争つまり殺し合いを命じる側――位の高い職業軍人――と、殺し合いをさせられる側――否応なしに徴兵された兵隊――とでは決定的に違うとあらためて感じた。何が違うって、2つの点で違うよ。まず当然のことながら、責任に無限大の差がある。それから、自分の手を使って人を殺したかどうか。吉村は、刺し殺した時の相手の肉の手応えが消えず、安眠することが出来ない。時間がたつほどにますます苦しさは増す。いっそ、名乗り出てしまおうか……。

   名前を変えて陶器工場で働くが、3年半後、ついに捕まってしまう。そして巣鴨の軍事法廷で見たのは、命令したこともその場にいたことも否定する加藤大佐の姿だった。「やってられるか」と篠崎が憤るのも当たり前。

   事実に基づいた話だから、こういう軍人がいたわけだ。「なーにが帝国軍人だ!」と篠崎の気持ちになって叫んでしまった。

カモノ・ハシ

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