飯島愛のある「計画」 小倉「一部の人しか知らない」

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   <テレビウォッチ> 大村正樹リポーターが紹介するスポーツ紙の一面は「急死」「変死」「孤独死」「自殺か」などの大見出しがズラリ。「飯島愛死亡」が与えた衝撃のほどが分かる。

   スタジオ陣からも、彼女の生き方と死を巡ることばがあふれたが、MC小倉智昭と、ゲストとして招かれた水曜コメンテーター、デーブ・スペクターが番組の流れをリードした。前者はメールとかで連絡していたと言い、後者は、芸能界引退を宣言した彼女の最後の仕事で共演した仲。

   小倉「思いやりのとってもある人で、人に心配をかけることが嫌いな人。辛そうなことがあってもあからさまには言わない」

   デーブ「劇的な引退のころから体調不良と言いながらハッキリした理由を語らなかったので、何となく不安要素はあった。テレビで見せていた仕事での元気、明るさはなく、私たちが思うほど、幸せな生活は送っていないのではと、うすうす感じた人が多かったのではないか。でも、人前ではサービスしたりしゃべったりしていたので、半分安心、半分心配の声があった」

   小倉「新しい仕事の話をしていた矢先の訃報だった」

   デーブ「4月からスタートしてもいい時期だったが、これといった動きはなかった。だれもが、いつ、何をやるんですか、と聞いていたので、それがプレッシャーになったのかもしれない」

   小倉「まったく畑違いの仕事をやろうとしていた」

   デーブ「ITビジネスに興味があって幅広い人脈があった。何をやってもおかしくない多彩な人だった」

   小倉「僕が聞いたのは、医療ビジネスをやりたいと言って、パンフレット作りをどうしようとか話していたけど、その先についてはことばを濁していた。でも、そういうことは一部の人にしか知られていない」

   デーブ「話してもつかみどころがないというか、ユックリひとつの話をしないので、応援するしかやりようがないという周りの人が多かった」

   小倉「神秘のベールに包まれているところはあった」

   デーブ「赤裸々に話してサバサバしていたけど、とても気がつく人で、上手に人の話を聞きだす技量もあった。その一方で、我々の見えないところで心の病と闘っていて、両立させていたわけで、辛かったと思う」

   『迷い道』に入り込んで悩み、疲れきっていたのかもしれない。享年36。合掌。

文   アレマ
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