朝日記者殺害「告白」の第2弾 「秘密の暴露」はあったのか

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   最近、これほど次が読みたいと思わせた記事は珍しい。新潮の「実名告白手記 私は朝日新聞『阪神支局』を襲撃した!」がそれだ。われわれの業界だけかもしれないが、誰に会っても、「あの記事どう思う?」と、その話題。多くの人間は、ちょっと首を傾げながら、しかし、新潮だから、何らかの根拠はあるんじゃないだろうかと半信半疑だった。

   元朝日の記者だった人間は、前号の記事の中に、赤いホンダのバイクともう一つ、犯人しか知り得ない情報の可能性がある内容を指摘した。それは、銃を持って、犯人が阪神支局へ侵入するところの描写で、頭が2つ見えたとある箇所だ。中には3人いたのだが、1人は、犯人から見えなかった。これは「秘密の暴露」にあたるかもしれないというのだ。また、朝日の人間が、網走刑務所に会いに行って話を聞き、事実関係を調べて多くの点で違うところがあるといっているが、心配なのは、彼らは、この事件の担当ではなかったことだというのだ。

「告白」の真贋は?

   まさに記事自体がミステリーの様相を帯びてきた。第2弾は、読む側のフラストレーションを解消してくれるのだろうか。

   文春が、この記事に対して疑義ありという特集を組んでいる。「朝日が相手にしなかった『週刊新潮』実名告白者」がそれだ。そこでは、朝日の関係者が、彼の話が客観的事実と異なる点をあげている。朝日に語ったときは、上下二連散弾銃だったのが、記事では水平二連になっている。犯行にバイクを使用したというが、当時の目撃証言にバイクはなかった。記事にあった襲撃を依頼した「公的機関に属する人物」は「米国大使館の駐在武官J」だと朝日側に説明したが、小尻記者が襲撃された理由は、これまた首を傾げたくなるものだ。

   ともかく新潮を読んでみよう。

   冒頭、阪神支局に入って、犬飼記者の腹をめがけて一発撃つ。すると想定外のことが起きた。「向かい側のソファのところから、ムクッと別の人間が起きあがった」。この箇所は、やや秘密の暴露に当たるようにも読める。

   起きあがった小尻記者を撃って3人目の記者を捜す。「匍匐前進みたいな形でもぞもぞと机の下に隠れようとしている」。

   「おい!5分動くなよ」といって、なぜか緑色の手帳を取ってコートのポケットに入れ、逃走する。この手帳のことは断片的に語られているが、内容にまではほとんど触れていない。自分を真犯人と「立証」する有力な物証になるのになぜか。

   彼に襲撃を依頼したのは「公的組織に属する」佐山(仮名)という男。彼が頼んだ、最初の朝日がらみの仕事は、北海道・小樽のレストラン経営者のココム違反の件で、これに朝日の社員が絡んでいるというのだ。この傍証に、新潮側は、1988年当時「道新Today」でこのことが報じられていると書いているが、逆にいえば、それを今回の告白した人間が読んでいたという推測もできる。

   「アシの付かない散弾銃」の章は、探偵小説を2、3冊読めば、誰でもいえることだ。朝日新聞の東京本社に銃弾を撃ち込んだ後、犯行声明を、右翼の野村秋介氏に頼んで書いてもらったというが、彼は、93年に、朝日新聞東京本社の役員応接室で拳銃自殺しているから、事実確認のしようがない。

   最後にようやく、「公的組織」が在日アメリカ大使館だと明かしているが、またまた以下次号。この手記の真贋をめぐる謎はますます深まったというしかない。だが、一番気になるのは、ここまで読んだ限りで、この男が、人を殺めたことを悔いている様子がまったくないことだ。

元木昌彦プロフィール
1945年11月24日生まれ/1990年11月「FRIDAY」編集長/1992年11月から97年まで「週刊現代」編集長/1999年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長/2007年2月から2008年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(現オーマイライフ)で、編集長、代表取締役社長を務める
現在(2008年10月)、「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催。編集プロデュース。

【著書】
編著「編集者の学校」(講談社)/「週刊誌編集長」(展望社)/「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社)/「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス)ほか

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