キム・ヒョンヒの「虐げられた10年」 「面会」実現する理由

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   2月中旬に行われた日韓外相会談後の会見で、韓国外相が「キム・ヒョンヒ氏が田口八重子さんの家族との面会を望んでいる。近く面会は実現するものと承知している」と述べた。日本政府が拉致問題の壁を突き崩せないでいる中、かなり唐突な発言のように思われた。

   キム・ヒョンヒは北朝鮮が起こした大韓航空機爆破テロ事件(1987年、115人死亡)工作員。彼女が日本語を教わった拉致被害者である八重子さんの家族に会いたいというのだ。

   「なぜ、今、面会実現に向けて動き出したのか」(国谷裕子キャスター)の問いかけに、伊藤良司ソウル支局長が答える――10年ぶりに誕生した保守のイ・ミョンバク政権が、前の政権との違いを際立たせようとしているからだ、と。

「保護担当者まで私を脅した」

   死刑判決後、赦免されたキム・ヒョンヒは政府の監視の元で暮らし、政府の要請を受けて北朝鮮の脅威を訴える役割を担ったといわれる。その後、1997年、結婚した彼女が公の場に姿を見せなくなる。番組は、キム・デジュン、ノ・ムヒョンと続いた韓国の政権が、北朝鮮との協調路線を推し進め、北朝鮮を刺激しないために、元工作員をその役回りから下ろした、と伝える。ノ・ムヒョン時代には、大韓航空機事件が、発生当時の韓国軍事政権による自作自演とする小説まで登場、元工作員は韓国スパイとして描かれた。キム・ヒョンヒは亡命、死亡したのでは、というウワサも飛び交う。

   昨年(2008年)、彼女は自ら沈黙を破る。信頼を寄せる人物に手紙を送り、『虐げられた10年』を明かした。「偽者だ、ウソつきだと言われ、人目を避ける生活を強いられた。政府が北朝鮮に対して融和政策をとる中、自分への圧力が強まり身の危険を感じた」。また、韓国を代表するジャーナリストのインタビューにも応じ、「住まいを追われ、もうウンザリ。身辺を保護する担当者までが私を脅した」と話す。「行動を起こせる環境になったと判断したのでは」と、ジャーナリストは見る。保守政権が生まれて政策が大きく転換し、再び主張できるようになった、ということだろう。インタビューの最後に彼女は「生活が元に戻れば日本の拉致被害者に会いたい。日本へも行ってみたい」と言う。

   一方、八重子さんの長男である耕一郎さんは「キム・ヒョンヒさんが思っている八重子さんに対する部分を私が感じることによって、私の中にいる八重子さんが1個1個積み上がって行く。そうして母親である部分が構築され始める」と語る。面会の際には、『母子手帳とへその緒』を持って行くつもりだという。

   NHKの電話インタビューに元工作員は、耕一郎さんのことはニュースで見たといい「親子の関係は隠せない。目がソックリ。八重子さんが子どもに会いたいと涙を流すのも見た。指を折って子どもの年を数えるのも見た。苦しくても耐えて生きていると思う。希望を持ちなさい、頑張りましょうと言いたい」と日本語で答える。おばちゃん風の口調が年月を感じさせた。

   番組によると、面会は韓国で遠くない時期に行われるそうだ。別れてから30年、耕一郎さんは母である八重子さんにいつ会えるのだろうか。

アレマ

   * NHKクローズアップ現代(2009年2月23日放送)

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