オフレコを「死守」 マスコミの奇妙な忠誠心

印刷

   <テレビウォッチ>西松建設の違法献金問題で、漆間官房副長官がオフレコで「自民は立件できない」といった問題。きのう(3月9日)は麻生首相が国会で、「誤った報道がなされた」といったもんだから、記者団はおさまらない。そこでまことに奇妙なやりとりが展開された。

言ってないはずは…

   記者「自民もしくは内閣に及ぶことはないかと聞いた」

   漆間「ああそうなんですか。残念ながらその部分の記憶はまったくない」

   記者「報道が誤ったと思っている?」

   漆間「報道のみなさんの記憶と私の記憶の問題。どちらかが正しいのだろうと」(覚えてないのを記憶というんかい?)

   聞く方も答える方も、問題発言のあった木曜日と同じ顔でのやりとりが、これなのだ。

   漆間副長官はその前に参院予算委での答弁で、「記事に出ているような特定の政党や議員の方に捜査が及ぶと述べた記憶はない」といっていた。20人の記者が聞いて一斉に書いた話を、誤報だとする神経も相当なもの(首相は後に訂正)だが、結局「記憶」に逃げ込むことにしたのだろう。ロッキード事件以来の常套手段だ。

   小倉智昭は「言ってないはずはないですよね」

   竹田圭吾も、「いつも会ってる記者たちなんだし、政府高官として話が出ることを分かっているのだから、記憶がないはずもない」

   オフレコとは一種の紳士協定。書かないのが本来で、「内容は書いても名前を出さない」場合もある。今回のは後者だったようだ。

   漆間副長官は元警察庁長官だから、記者たちも、副長官が何らかの見通しをもっているものと見て質問していた。とくに「捜査が自民に及ぶかどうか」。これに答えたのだから、当然報道する。ただちに野党が反応して問題になった。

   「だれだ」となったが、記者が知ってるんだから隠しようがない。河村官房長官がテレビで、漆間官房副長官だと明らかにした。

   小倉は「オフレコなのに、河村さんもいけないのですが……」といったが、これは違う。すでに政界では明らかになっていることを、あたかも分からないかのように報ずる新聞、テレビの方がおかしい。

   テレビが写した土曜日の朝日朝刊に「民主、漆間氏と見て追及」とある。「とみて」も何も、朝日は漆間だとわかっているというのに。結局、報道側もオフレコのわなにはまっていたことになる。

文   ヤンヤン | 似顔絵 池田マコト
  • コメント・口コミ
  • Facebook
  • twitter
コメント・口コミを投稿する
コメント・口コミを入力
ハンドルネーム
コメント・口コミ
   

※誹謗中傷や差別的発言、不愉快にさせるようなコメント・口コミは掲載しない場合があります。
コメント・口コミの掲載基準については、コメント・口コミに関する諸注意をご一読ください。

注目情報PR
追悼

お知らせ

電子書籍 フジ三太郎とサトウサンペイ 好評発売中