「戦後の落とし子」たち救った 女性の大事業描いた秀作

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「エリザベスサンダースホームの60年」(テレビ東京) 2009年3月11日 21時~

   開局45周年「絆」と銘打たれた特番の1つ。「トンネルの向うはぼくらの楽園だった」。1970年代まではマスコミに度々登場していたエリザベス・サンダースホーム。岩崎財閥の長女に生まれ、外交官夫人だった深窓の令嬢である澤田美喜が、私財を擲って何の見返りも求めず、戦後の混血孤児たちを育てる施設を作った。差別と貧困に喘いで命も危うかった多くの子供たちがここで助けられた。
   1期生はもう62歳になる。その中の15人が主のいない澤田の記念館で再会する。赤ん坊の時に捨てたと同然の母親の姉(92歳)と、何十年ぶりかで再会する男性。南米に渡り事業家として成功したがガンに倒れた男性の家族。施設で1番の美人に近寄れなかったが、紆余曲折の後に結ばれたカップル。夫々が重い過去を背負って生きてきて、澤田ママちゃまの思い出に微笑む。涙なくして聞けない。
   黒人の風貌ゆえ就職差別されたり、「街の女の生んだ誰の子かもわからない孤児」と爪弾きされたり、戦後の『落とし子』たちは悲惨な体験をした。それらの中のごく1部がここにいる。それにしても、ねむの木学園の宮城まり子といい、澤田美喜といい、こんな大事業を独力でしたのが女とは情けない。男たちは何をしていたのか。
   1400人も巣立った子供たちの中で、1期生だけとはいえ、たった15人という数が気になる。彼らは恐らく成功者だ。陰に転落した人たちがいなかったと思いたい。局渾身の秀作ドキュメントである。

(黄蘭)

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