テレビ製作現場はおばちゃんたちをナメていると痛感

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   寄せ集めの新米ADだらけで5日間新番組の生放送をする。考えただけで恐ろしい。

   怒涛の「軽井沢朗読館オープニングセレモニー公演」のゴールデンウイークが終わった。乾燥したさわやかな風が吹く軽井沢とは打って変わり、東南アジア並みの蒸し暑い東京に帰ってきた今、ちょいと放心状態。

中年女性集団が成功させたイベント

   公演はおかげさまで連日立ち見が出る満員御礼。坂田明氏の空間を切り裂くサックスで幕を開け、おおたか静流氏のライブ、森林の中という立地を最大限に生かした鯉沼廣行氏の篠笛演奏、さらにはチェンバロ奏者小澤章代氏の古楽器による室内楽や無言館館主の窪島誠一郎氏と詩人の正津勉氏の対談という盛りだくさんな内容。そして最終日は高樹のぶ子氏と小池真理子氏による、ずばり「恋と文学」というサブタイトルが付けられたトークセッションで幕を閉じた。木々のざわめきと小鳥たちのさえずりとともに聞く朗読ライブは、小説の世界へ観客の皆さまを引き込んでいく奥深さがあった。

   大成功に終わったイベントを支えたのは、知人、友人で組織されたおばちゃんたちによるボランティアスタッフ。素人集団で大丈夫かと誰もが心配したが、そこはおばちゃんパワー。

   どうも45歳以上の女性は、同年代の男性よりも集団に早く馴染み、これまで培ってきた人間力を発揮するらしい。これがおじさんたちばかりでは、互いの肩書きや会社生活からなかなか抜けきれず、おばちゃんたちのようにはいかないだろう。

   おばちゃんたちの怖いもの知らず、旺盛な好奇心とイベント参加という転嫁による自己実現、ゆるぎない自負という様々な思い、そしてなによりも豊富な人生経験に裏打ちされた集団生活内での知恵が、素人集団でもイベントを成功に導けるものにした。

   そんな働き者のおばちゃんたちとワイワイやっていたおかげで、普段の生活「おばちゃんのためのテレビ番組作り」が間違っていたことに気がついた。

求められてる大人のためのエンターテイメント

   基本的にテレビ番組は「サルでもわかる」ように大衆向けに作られる。とくに中高年女性はメイン視聴者層であり、番組制作においても、彼女たちに飽きてもらわないよう心がけている。だが、制作側のおばちゃんイメージは「ミーハー」「ヒマ」「今でも情報源の大半はテレビが占める」「政治経済に疎い」「ゴシップ好き」「のんき」で、つまりバカにしているというワケ。だって、とかく自分たちがメジャー、世の中に影響力を与える側だと思い込んだ自己中心的体質が制作陣にはありますから・・・

   おばちゃん達にはとてもじゃないけど言えないような、テレビ制作側の意識。久々におばちゃんたちに囲まれて共同生活を送ったことで、これじゃぁ、ちっとも彼女達のかゆいところに手が届くような番組が作れていないと改めて実感した。彼女達が求めているものは、もっと知的好奇心が高い、大人のためのエンタテインメント。視覚情報処理ばかりに頼っているいま、改めて想像力と集中力が必要とされる朗読や演奏会、トークイベントなどはうってつけだったのかもしれない。やはり中高年が大半を占めた観客のみなさんが目をつぶって聞いている姿、演奏や朗読で涙を流している方などを見ると、大人たちに向けたエンタテインメントの在り方は何かと考えてしまう。

   生で観客の反応を見ることができたおかげで、受け手の思いを垣間見たような気がした。しかし、テレビでは相手の反応がリアルタイムでわかるのは一部のネット書き込みのみ。これでは制作側と視聴者のズレ感覚はなかなか埋まらない。おばちゃんたちまでテレビ離れなんてことになったら、これまた大変だ~。

モジョっこ

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