「押尾裁判」テレビ報道の違和感…死亡女性は無垢な犠牲者なのか

印刷

「押尾学裁判のテレビ報道について」(各局)2010年9月13日

   芸能人初の裁判員裁判で関心が高く、長髪になった押尾被告のイラスト入りで被告人質問の詳細が伝えられる。逮捕されて以来、テレビ情報番組にとって押尾は視聴率の稼げる恰好の生贄になった。彼のMDMA使用は人間として論外で、恥ずべき犯罪であることは言うをまたないが、テレビで語られる内容にいささか異論もある。
   それは、亡くなった女性が、まるで清らかな犠牲者のように同情されている語り口である。両親も座敷にカメラを上がらせて嘆く。
   よく考えれば、この女性はそんなに立派な人なのか。芸能人と六本木のレジデンスに昼間からしけ込み、クスリを飲んでセックスをする。まともな育ちの女性では有り得ない。きつい言葉で表現すれば、彼女が水商売の女性なので、一種の売春買春行為ととられても文句は言えまい。そういう娘に育てた両親が、今さら掌中の珠を失ったように声高に押尾を非難する資格があるだろうか。
   百歩譲って、親は辛いだろう。だが、テレビメディアが一斉に、あたかも犠牲者のごとく彼女を持ち上げる報道の仕方は片手落ちも甚だしい。どっちもどっちなのである。死者に鞭打つつもりはないが、亡くなった田中某女の自己責任にも言及すべきである。極論すれば、まともな社会人ではない世界の人たちの愚劣な事件に過ぎず、只の犯罪者の周辺で起きた逮捕騒ぎとして、放っておけばいい。無垢な高校生やOLが巻き込まれた事件ではないのである。

(黄蘭)

採点:0
  • コメント・口コミ
  • Facebook
  • twitter

このエントリーはコメント・口コミ受付を終了しました。

注目情報PR
追悼
シニアの健康ライフ
Slownetからのおすすめ記事(提携)

お知らせ

電子書籍 フジ三太郎とサトウサンペイ 好評発売中