「あさり化」していく我が行く末に思いめぐらせ深夜の一人鍋

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   深夜に小腹がすいて冷蔵庫を開けてみる。すると、鍋用に買ってきたあさりが目に飛び込んできた。あぁ、またやってしまった。いつもの計画性のない買い物。スーパーで見つけると、なんとなく食べたいな~という気持ちで買い物カゴへIN。しかも買い物をしているのは夜10時。買い物中は空腹のせいか、どんどんと買い物欲がわいてくる。といってもカゴへ投入されるのは消費期限が近く、値引きされている食材ばかりだ。

   この食材を使ってあの料理を作ろうかな、あ、こっちも食べたいなとアイデアが浮かんでくるけれど、それはスーパーにいるときだけ。帰宅すると料理するのが面倒になり、結局、買ってきた食材はビールを残して後は冷蔵庫送りとなる。

   冷蔵庫の中に鎮座するあさりもその典型的な例。鍋をする機会などなく、そのまま放置されつづけた。あさりの消費期限は前日で切れている。相手は貝だから慎重になる。

   どうしよう…。深夜の一人鍋はあまりにも切ない。でも、期限が切れたからと捨ててしまうのには心苦しい。もしお腹をこわしても、私1人だったらイイカと思い、意を決して冷蔵庫からあさりを出して砂出しをすることに。

ドラマに使えないかなこんなシーン

   しばらくすると、誰もいない台所からなにやら音が聞こえてくる。ガチっガチっガチっ。覗いてみると、不気味な音の犯人はあさりだった。捨てようと思っていたあさりが、水に入ってゴソゴソ動いて、金属のボールに当たって音がしていたのだ。生きている! あのあさりが生きている! ベロ~っと中身を出して、冷たい冷蔵庫の中で息絶えたと思っていたあさりが生きている。捨てずにおいてよかったとほっとしたが、あさりを見ながらふと思う。

「なんかこのあさり、私みたい」

   なぜだか不思議なことに、あさりが我が身に思えてきた。新鮮なままパッキングされ、そのまま冷たい冷蔵庫で、食されることもなく死んでいく予定だったあさり。その様子が自分自身で殻を作り、恋することもなく終わっていくような我が身だ。私は貝になりたいわけではない。そんなことを思いながらも、あさりを酒蒸しにして頂くことに。味は大丈夫だろうかと心配したが、これがまた美味。味が落ちることもなく、普段食べているあさりとまったく遜色がない。結局、1パックのあさりを汁まですべて1人で食べつした。

   貝塚のようになっている皿を見て、ひと息つく。はたして、私は最後まで味わいつくせるような女になっているだろうかと。深夜に30代の女があさりに自分を投影している姿。

   なにかのドラマでこんなシーンが出てこないだろうかと、期待してしまう。

モジョっこ

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