2018年 7月 19日 (木)

テレビ小説とガラリ違う映画「ゲゲゲ」ホームドラマ

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<ゲゲゲの女房>漫画家・水木しげるの妻・布枝の自伝エッセー「ゲゲゲの女房」を、「私は猫ストーカー」の鈴木卓爾監督が映画化。布枝役は吹石一恵、しげる役は脚本家、構成作家、映画監督としても活躍する宮藤官九郎。

   一昨年に出版されたエッセーはすでに発行部数40万部を突破、NHK朝の連続テレビ小説も水木しげる役に女子に圧倒的人気の向井理を起用したこともあってか、高視聴率を記録した。また、水木しげる本人も文化功労者に選ばれるなど、まさに『ゲゲゲ旋風』が巻き起こるなか、満を持しての公開である。

「鬼太郎」「悪魔くん」もアニメ出演

   9月末(2010年)まで放送されていた朝ドラが大好評だっただけに、「映画のほうはどうなの?」と気になる人も多いはず。結論からいってしまえば、下敷きにしている原作は同じながら、トレースの仕方はテレビとはまったく異なっている。本作はより布枝の視点で「とある男女が真の夫婦になっていくまで」に焦点を当てて描かれているのが特徴だ。

   たとえば、朝ドラでは、お見合いからしげるが売れっ子になり、最後は巨匠になるまでの漫画家として成功エピソードがふんだんに盛り込まれていたが、映画ではお見合いや結婚式のシーンは割愛、ラストも「売れるきざしが見えてきたかも!?」と思わせるあたりまでと非常にシンプル。かわりに、家事をする布枝の様子や夫婦でごはんを食べたり、子どもをあやしたりと、夫婦の淡々とした日常がメインとなっている。

   もちろん、しげるが徹夜で漫画を描いたり、布枝が出版社に原稿を届けたり、そしてなにより食うや食わずの極貧生活であったりと、水木夫婦そのもののシーンも多い。ただ、どのシーンも彼らの個性をことさら強調しないため、水木夫婦に限らない、どこにでもある普通の夫婦の風景に見えてくる。だからだろう、男女が一つ屋根の下に暮らせば、誰もが経験する苦労や喜び、相手への愛情や信頼など、温かな気持ちを観る側にじんわりと伝えてくる。

   腑に落ちなかったのは、昭和30年代という時代背景にもかかわらず、近年の改修工事でこぎれいになった東京駅や、当時にはなかっただろう近代的なビルが建ち並ぶ調布駅前など、いきなり現代が登場することだ。これも時代を超えた普遍的な夫婦の姿を描こうという演出なのかもしれないが、むしろ困惑してしまった。

   さらにラストまで淡々としすぎていて、はっきりとした起承転結がない。これは好みが分かれるが、メリハリのある展開が好きな私としては、物足りなさを感じた。

   ただ、二人の周りに潜む妖怪たちを当たり前のように登場させたり、「墓場鬼太郎」「悪魔くん」などの原画がアニメーションとして動き出したりと、目に見えるものと見えないものを混在させて描いているのは、アイディアとしておもしろかった。漫画こそ描かないものの、しげると同じクリエーターだからだろうか、宮藤官九郎の演技が演技とは思えぬナチュラルさで、見ていて心地よかった。

バード

オススメ度:☆☆☆

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