田中好子ブルーの棺「3人で旅行してみたかった」(伊藤蘭)

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   キャンディーズのスーちゃん、田中好子さん(享年55)の通夜がきのう(2011年4月24日)青山葬儀場で行われ、大勢の芸能人とファンら2400人が集まった。通夜会場はあかるい雰囲気で、遺影に黒枠はなし。花はピンクのバラとトルコ桔梗。 スーちゃんのイメージカラーがブルー(ランちゃんは赤、ミキちゃんは黄色)だったので、棺もブルーだ。

   芸能界でも病気だったことを知っていたのはごく一部で、「全然知らなかった」(三宅裕司)、 「健康の象徴みたいな子だった」(伊東四朗)と驚きをかくさない。

「名前を呼ぶくらいしかできなかった」

   ランちゃん伊藤蘭さん(56)とミキちゃん藤村(旧姓)美樹さん(55) は、最期を看取ったという。ミキちゃんは引退以来、公の場に姿を見せるのはこれがはじめて。ランちゃんがスーちゃんの最後の様子を語った。

花が開いたような

   病気のことを直接聞いたのは3年前。「治療していて、頼りになる医療チームがついているから大丈夫なのよ」と言っていたという。昨年10月に3人で会うことになっていたが、急に知らせが来て中止になり、年が明けても会えなかった。

   1か月前に会いたいという連絡があって、それから週に1度病院へ行っていたが、21日に危篤の連絡があって、最後まで一緒だったという。

「私たちは名前を呼ぶくらいしかできなかった。あともう1回、3人で会いたかった。3人で旅行がしたかったですね」

萩本欽一に芸能界復帰相談

   司会の羽鳥慎一「若い人には女優田中好子さんでしょう。ボク40歳ですけど、ボクよりちょっと上の人からは、スーパーアイドルだった」

   意外や青木理(ジャーナリスト)が「最初に小遣いで買ったのが『微笑みがえし』だった。スーちゃんは3人のなかでいちばん元気一杯の感じだった」

   前田典子(モデル)「小学校だったから、お昼休みには振り付けを踊ったりしていた。(スーちゃんは)ほっそり、ふんわかしたおねえさんのイメージだった」

   スーちゃんは80年に芸能界に復帰した。きっかけは難病で亡くなった弟の希望だったという。スーちゃんはいきなり萩本欽一の自宅へ行って、この話をしたという。欽ちゃんはそのとき、「弟のために1等賞獲ろうよ」といったそうだ。復帰が決まった「欽ちゃんのどこまでやるの」の会見で、欽ちゃんは「かわいいもん。引っ込んじゃうのもったいないじゃない」と話した。

   復帰後の最初のドラマ「虹子の冒険」で共演した夏目雅子さんとの出会いがその後を決めた。「わたしの方が年上ですけど、お姉さんのようにいろいろ教えていただいた」と話していたものだ。

   夏目が亡くなったあと、兄の小達一雄さんと結婚。夏目雅子ひまわり基金の活動も続け、「女優が生き甲斐。シワになってもシワが生かせるような人生を歩いていきたい」と話す映像があった。夏目雅子の映像も久しぶりだ。

   羽鳥「かわいらしく年齢を重ねておきれいになる」

   赤江珠緒キャスター「ついに花が開いたような」

   その奇麗な人たちがなんでこう、次々に亡くなるのだろう。

文   ヤンヤン | 似顔絵 池田マコト
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