「ユッケ怖くて原発で仕事ができるか!」福島の作業員ヤケッパチ現場

印刷

   ソフトバンク孫正義社長が100億円の義援金を寄付すると宣言したのは4月3日(2011年)であった。辞めるまでの報酬全額も寄付するという発表は、ユニクロ柳井社長や楽天三木谷社長の10億円がかすんでしまうほどで、被災地の人たちに大歓迎された。だが、柳井、三木谷社長の10億円は払われたのに、約1か月半が経つのに100億円がどこかへ寄付されたという話は聞こえてこない。

   そこで、「週刊現代」は日本赤十字や赤い羽根共同募金、日本ユニセフ、被災地を支援するNGO・JENに聞いて回ったが、やはり寄付された形跡はない。最後にソフトバンクの広報に聞くと、まだ1円も入金していないというではないか。もともと払うつもりがなく、イメージアップに利用したのではないかという批判も出始めた。100億円を捻出するために自社株を売ろうと考えていたのだが、寄付を発表すると大量のソフトバンク株が売りに出されることを嫌った個人投資家が売り急ぎ、この1か月の間で190円も株価が下落したために、売るに売れなくなっているという憶測まで出てきていると、現代は書いた。

   現代の発売日は月曜日だが、その日の夕方、孫正義社長が100億円を寄付する先をようやく発表したのである。明らかに現代効果である。ツイッターのフォロワーが100万人といわれる孫社長だから、現代の発売後、様々な反響が彼のもとにあったに違いない。おそらく現代が取材していることを知って、あわてた孫社長側が、寄付する先や6月に立ち上げる予定だという「東日本大震災復興支援財団(仮称)」を考え出したのだろう。書かれる前にスンナリ出しておけばもっと歓迎されたのに、孫社長、ちょっぴり名声に傷がついて損をしたというお話。

東電社長は事故真っ最中に億ションローン完済

   「週刊新潮」のグラビア「防護服の道化もいる極限の地『福島原発』」と記事「防護服の背中に書かれた『御国の為にがんばりやす』」に注目。60代の作業員が死亡したが、原発の中では想像を絶する戦いが繰り広げられている。暑くて息苦しい防護服とマスクをして、緊張を強いられる作業に従事する人たちが、誰だか見分けられるようにと防護服にマジックで名前を書いたのが始まりで、いまではいろんな言葉が書かれている。「日本政府文句があるなら現場で言え」「事件は現場で起きている」。さらに記事のタイトルにもなっている「御国の為にがんばりやす」などなど。

   これまで、昼食はマジックライス(水で戻す乾燥米)と魚肉ソーセージ、ミネラルウォーター、野菜ジュースだったが、死亡者が出た翌日から弁当が支給になったという。これほど過酷な仕事でも、日当1万3000円から1万5000円ほどで、別途の危険手当はまだ支給されていないという。作業員の一人がこう言っている。

「つい先日、同僚3人で仕事の後、いわき市内の焼き肉屋に繰り出しました。そこで無理やり生肉のユッケを頼み、3人前を一気に食いましたよ。『ユッケが怖くて、原発で仕事ができるか!』と雄叫びを上げながらね」

   「週刊文春」は、清水東電社長が入院中に、東京・赤坂の億ションのローンの残り1億円を完済していたことをスクープしている。役員報酬7200万円を全額返上してもまだまだ余裕はあるようだが、自己保身しか考えないこの男が、下請け、孫請けの作業員たちのことを気遣うことはあるのだろうか。

   「週刊朝日」は「日本が誇る『小さな大企業』」で、素晴らしい技術を持った中小企業を取り上げている。世界一細い注射針をつくった岡野工業はよく知られた存在だが、自動イカ釣り機のシェア70%の東和電機製作所。夜光塗料でシェア90%の根本特殊化学。水族館の巨大水槽でシェア50%の日プラなど、ものづくりの匠を紹介している。

   私は先日、取材をかねて東京都墨田区東墨田1丁目界隈を歩いた。ここは以前、木下川(きねがわ)と呼ばれたところで、世界的に有名な皮革(かわ)の町である。廃校になった木下川小学校の中に、昔使われていた道具やここでつくられている数々の皮が展示してある。ここまで柔らかく綺麗にできるかと驚かされるものばかりである。日本の高い技術力が外国ブランドに貴ばれ、高級な靴などに加工されて金持ちの女性たちの足下を飾るのである。

   しかし、この分野にも中国などが進出してきて、安い人件費で大量生産するようになってきた影響で、工場の数はかつての数分の一にまで減少してきているという。これだけの技術力を持っているのだから、若いデザイナーたちと組んで加工までやっていけば、十分に生き残れるのではないかと展示場を案内してくれた小学校の元先生と話をした。頑張れ中小企業!

樹木希林が内田裕也見捨てられない「出会った責任」

   最後は、ストーカー容疑で逮捕されたロックンローラー内田裕也(71)について、妻の樹木希林(68)が語った新潮の「私の肋骨、折られて、包丁だって欠けた」。この夫婦のことは幾度となく取り上げられてきた。女はつくる、暴力は振るう、カネは入れないと三拍子も四拍子も備えた愚かな亭主となぜ別れないのか不思議だが、このインタビューはその理由の一端を明かしてくれている。今回の事件を知らされても微動だにしない樹木だが、見捨てない理由をこう語る。

「それでも、私が見放すことはないわね。出会った責任というのがあるんです。自分が内田さんと出会って、ましてや子どもまでいる。内田さんはヤワな部分と強靱な部分のバランスが悪い。私はそれをひっくるめて分かるから、今のようにしているのかな。最期まで見届けなければいけないと思いますよ。どっちが先に死ぬかは分かりませんが」

   若い頃は内田の暴力で、肋骨を折られたり、包丁も何本も刃が欠けたという。だが内田ばかりが悪いというのではないと話す。

「私もそういう危ない部分を持っているの。だから、喧嘩も収まらないわけです。私と内田さんは背中合わせでそっくりなんです」

   別居生活は長くなるが、月に1度は会って外で食事をするそうだ。男と女は不可解といってしまえばそれまでだが、樹木は内田にホレ抜いているようだ。

   今度、会ったらこういってやるそうだ。「大変でしたね」とだけ。

  • コメント・口コミ
  • Facebook
  • twitter

このエントリーはコメント・口コミ受付を終了しました。

注目情報PR
追悼
シニアの健康ライフ
Slownetからのおすすめ記事(提携)

お知らせ

電子書籍 フジ三太郎とサトウサンペイ 好評発売中