顔を合わせて教え請う大切さ…つい忘れてやらかした仕事で大ミス

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   「芸能界でこんなことがあった」「テレビ業界で働いているとこんなことがある」とこのコラムでは書いているのだが、その大半は結構悪口だったりもする。以前、ある同業者に「おマエって、悪口ばっかり言いながら飲んでない? 俺もだけどさ」と言われたことがあり、ちょっとショックだった。

   でも、思い出してみると、楽しかった飲み会の大半が不満とグチ。それが人や処遇、世の中だったりするワケで、何かしら悪口という文句をぶーたれているのだった。あ~ヤダヤダ、そんな女。とまた自分の悪口を言っていたりもして。私の日常生活の大半は、どうやら悪口と文句で占められているらしい。

久しぶりに背筋が凍るほどビビった

「天に向かって唾を吐く」

   昔の人はよく言ったものだ。こんなに悪口や文句ばかりの女には、ある日ちゃんと天罰が下った。それが仕事でのミス。ラジオ番組に携わっている時、あることで番組チーフプロデューサーの逆鱗に触れてしまった。30代になって怒鳴られることは少なくなっていたが、久しぶりに背筋が凍るかと思うほどビビってしまった。

   ミスを犯してしまった理由は、周囲にいろいろと聞くことを躊躇ってしまったことだった。変な見栄や意地で人にお願いをしたり、教えてもらうことができず、結局は迷惑をかける形になってしまったのだ。

「教えを請う」

   答えを知りたかったらすぐにネットで検索。多くの人の意見を参考にできるし、あったこともない人が自分の質問に懇切丁寧に答えてくれる。それも顔も合わさず、ひとこと「ありがとうございました」とだけ知恵袋で言えばいいし、単なる検索だけだったら礼を言う必要もない。最近、わたしたちは随分と「教えを請う」ことを忘れてしまっていたのではないか。

   誰かに頭を下げて、どうやったらいいのか教えを乞う。教えてもらうからには、相手の心に飛び込んでいかないといけないし、まずは信頼を得ることから始めなくちゃダメだ。そんな面倒なこと、いったい誰がやんのよ!と、思えてきませんか。ネットだったら、すぐに調べられて答えも出て来るのにと。

ネットで調べてわかったつもりの怖さ

   そしてもう一つ。物事の進め方もネットのようにスピードばかりが美徳になっているような気がしませんか。時間がかかったらアウト。白か黒かハッキリさせるほうがいいなど。たとえば、仕事上で失敗したら、もう辞職しか考えられないとかね。リカバーをする方法はあるのか、何がいけなかったのか、どうしたらよかったのかを考えるより、仕事を辞めて「自分のスタイル」を活かせる場所を検索するといったような感じだ。

   私もどこかこんな風に思っていた。人々をそうクサしながら、結局は自分も同類だったような気がする。偉そうにして何にもわかっていないくせに、文句ばかり言う典型的にイヤな女だったわけだ。困った時、悩んでいる時、そしてどう考えを改めていけばいいのか、自分なりに出した答えを誰かに聞いてもらいたい、そして教えを請うてみたい…。

   だけれど、これだって単なるワガママだ。教えを請いたい時に、その人とは話ができないこともある。いつか聞こうと思っていても、その人に2度と明日が来ることがなくなっていたりもする。

   まもなく来るお盆。今年は亡き人の悪口や文句は言わずに、お盆を迎えたい。

モジョっこ

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