2018年 7月 23日 (月)

ハッキリすべき時期じゃないのか!?原発周辺もう住めない

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「ふるさとに帰るのはこれが最後かもしれない」

   警戒区域に指定されていた福島第1原発周囲3キロ圏内の住民に対する初めての一時帰宅が、26日午前10時(2011年8月)から行われた。

   原発が立地する双葉町と大熊町で、放射線の空間線量は双葉町が最大40・1マイクロシーベルト、大熊町は84・7マイクロシーバルトで、「問題ないレベル」として一時帰宅が実現した。

避難住民「帰れないと言ってくれれば諦めつく」

   一時帰宅したのは両町あわせて150人ほど。7000人の住民が暮らしていた双葉町は、事故後に役場ごと埼玉県加須市に移転し町民はバラバラ。磐梯山を望む猪苗代町には600人以上の町民がホテルなどで避難生活を送っている。

誰も決めてくれない

   その避難生活もすでに5か月以上が過ぎ、多くの住民は「はっきり言ってもらいたい。帰れないんだったら帰れないと」「帰れないと言ってくれたら諦めがつくよ。それがないので若い人ですら今も帰ることを期待している」と、怒りを込めて訴える。

   こうした声に対して、政府は「住民の方々にお戻りいただくのは困難になってしまう地域が生じる可能性は否定できない」(枝野官房長官)と、ようやく「帰宅困難」をにじませ始めているが、はっきりとは言わない。しかし、今週から3キロ圏内を念頭に、長期間にわたり人が住むのが困難な地域を国が土地を買い上げる検討に入った。

年寄りは「みんなで一緒に暮らしたい」

   戻れなくなった住民はこれからどうすればいいのか。猪苗代町のホテルで避難生活続けている81歳の女性は、「みんなが一緒に集まって住めるような仕組みを作ってもらいたい」という。

   コメンテーターの吉永みち子(作家)はこう話す。

「私の友人は3キロ圏内に住んでいたが、もう帰れないと決めたという。誰も決めてくれないから自分で決めるしかない。責任ある立場の人が判断を示さないで、半年も放ったらかし。どういうことだろうと思う」

   被災者たちは複雑な心境のなかで、今回の一時帰宅に安堵の声も聞かれる。先の81歳の女性は、「ずいぶん長かったけど、行ってみれば安心すると思う。一番行きたいのはお墓参り」だと話していた。

文   モンブラン | 似顔絵 池田マコト
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