「島田紳助引退」自分たちが作った虚像に怯えたテレビ局

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「てれび見朱蘭 2011年、今年の総括」2011年12月30日

   一般の2011年回顧ならば必ず東日本大震災がトップに来るだろうが当欄は少し違う。2011年テレビ界でのトップ事件は、間違いなく島田紳助突然の引退とメディアの反応のその後であった。ハードでの地デジ移行は、一部ジャーナリストが大騒ぎしてアナログ派の暴動が起こりそうに記者会見していたが、何にも起きなかった。

   島田紳助の引退が何故トップかと言えば、放送界の体質を最もよく表していたからである。彼の引退ニュースの第1報は大袈裟でなくテレビ局を震撼させた。彼の降板と同時に民放の人気バラエティも消滅するかのように局はうろたえたのだ。たかが、しゃべくり上手なだけで教養も品も感じられない中年親父をビッグにさせてしまったのは、免許企業のくせにいかがわしい人物を選別する能力さえ持ち合わせなかったテレビ局の怠慢以外の何物でもなかった。紳助が去ってもバラエティは消滅せず、視聴率も下がらず、何事も起こらなかった。自分たちが作った虚像に怯えていただけである。

   紳助だけでなく、今年のテレビ界はあらゆる面でタレント事務所に牛耳られた。ドラマの主演から紅白歌合戦の司会、テレビ情報誌の表紙まで、お笑いは吉本興業、歌や俳優はジャニーズ事務所、歌と踊りはAKB48の寡占状態、テレビ局や情報誌の主体性は無きに等しい。極論すれば独禁法違反と見紛う有様だ。見ている方は飽きて当然で、テレビがネットに負けそうな所以はここにあったのだ。

(黄蘭)

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