女子サッカー発祥やっぱり香川・丸亀高等女学校!?近くにドイツ兵捕虜収容所

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   先週の「ケンミンニュースアップ」コーナーで取り上げた、日本における女子サッカーの発祥地は、神戸か四国・丸亀かという論争に決着は付いたのか。高知新聞が伝えた「なでしこ 香川が発祥?」を追跡取材した結果、意外な事実が浮かび上がってきた。

第一次大戦・中国戦線で捕まった131人。女学校で演奏会

   これまで女子サッカーの嚆矢は1966年の神戸女学院中等部とされてきた。キャスターの赤江珠緒の母校だが、残っている写真のころに赤江はまだ生まれてない。高知新聞の写真(丸亀市立資料館)は大正時代というのだから、古さでは問題にならない。調べるポイントはその当時に丸亀で何があったかになる。

これで納得

   その結果、ドイツ人が浮かび上がった。1914年ころ、丸亀には第一次世界大戦で中国で捕虜になったドイツ人313人が収容されていた。 捕虜とはいってもかなり自由で、演奏会をしたりパンを焼いたり地元民と交流があった。これは映画にもなっている有名な話だ。今回の調査でも、そうした写真がたくさん見つかったが、中に彼らがサッカーをしているものがあった。松の木がある広場みたいなところだ。

   司会の羽鳥慎一は「これで納得」と単純そのもの。キャスターの小松靖は「まだあります。女学校との接点はどうなのかです」と話を進める。出てきたのが、ドイツ人が女学校で開いた演奏会の写真。小松は「そこでサッカーとか食べ物の話とかも出た。あるいは教えたのでは…」と推測する。ここで長嶋一茂(スポーツキャスター)が「ロマンスがあったとか、ワンゴールでロマンス」なんて茶々を入れたものだから、しばらく話はゴチャゴチャに。

和服にはかま、手ぬぐい被りたすきでチーム分けの女子学生写真

   写真に写っている女学生が蹴っているのが「蹴鞠(けまり)」ではないかという疑問が出て、小松が解説した。女学生は和服にはかま、髪に手ぬぐいという格好なのだが、たすきをかけたのとかけてないのがいる。「これでチームに分かれていたことがわかる。つまり蹴鞠ではない」

   日本サッカー協会は、丸亀のフットボールを「間違いない事実」と見ているという。これで赤江の神戸はあえなく歴史のなかに埋没となった。

   ところが、番組はもうひとつのポイントを忘れてしまった。 前回の放送では、香川新報の1906年(明治39年)の紙面に、同じ丸亀女学校の運動会の式次第に「フートボール」が出ていたというのがあった。これは日露戦争の直後で、むろんドイツとは関係もない。いったい何なのか。その丸亀女子サッカーがなぜ消えてしまったのかも調べてほしい。

文   ヤンヤン | 似顔絵 池田マコト
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