完璧美女モデルが密かに悩むあるコンプレックス。私なんかどうすりゃいいの!?

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   放送作家なんていう仕事をしていると、ほかの仕事に比べて、間違いなく面白い体験は多い。そのひとつがたくさんの有名人に会えること。すなわち、美男美女に遭遇する確率、回数が絶対に多い。なんともミーハーだけれど、この仕事は美しいお顔の人達に毎日遭遇しているといっても過言ではない。だからからか、女優さんやモデルさんを生で見ても感動することが少なくなってくる。あ~、イヤラシ!

絶対穿かないミニスカート。スラ~っとしてるのにまだ不満!?

   そんな美男美女を見飽きた人間ですら、ハっと目が釘付けになってしまうほどの人はいるものだ。あるモデルさんなのだけれど、世の中にはこんなに美しい人がいるものなのかと心底驚いてしまった。もう完璧! スラ~っとした抜群のスタイルに慈愛に満ちた上品なお顔立ち。思わずため息が出てしまう。絵画を見ているんじゃないかと思うような美しさだ。

   幸運にも、いまお仕事をご一緒させて頂いているのだけど、先日、その彼女からビックリするような発言が飛び出した。自分はコンプレックスの塊だというのだ。またあ、ご冗談を…。あなたがコンプレックスに悩んでいるとしたら、世の中の9割9分の人は自分の醜さを恨んで死にいたってしまうんじゃないか―なんて考えていたのだが、どうやら本当にコンプレックスがあるらしい。聞いてみると、自分の脚が太くていやでたまらないという。

   ほらやっぱり冗談でしょ。あなたの脚が太いんだったら、私の脚なんかはダイコンならぬ電柱柱です。でも、彼女の目は真剣。太い脚を隠すために、絶対にパンツかロング丈のワンピースかスカートしか穿かないという。たしかに、ミニスカート姿はおろか、脛すら見たことがない。非の打ちどころがない美しさを備えた人ですら、それなりにコンプレックスはあるらしい。そんなやっかいなコンプレックスが、意外にも自分らしさを決定づけてしまうことも多いようだ。本人はイヤだ、イヤだと思っているものが、他人からすれば『もっともその人らしい姿』だったりする。

遺影を故人は気に入ってるか…コンプレックスもろ出しの嫌いな写真かも

   これはあるコラムニストが遺影を撮った時に感じたお話。生前に遺影を撮っておいた方がいいと力説するのだが、なぜなのか。死後に近しい人が選んでくれる写真は、死んだ本人には納得のいかないのが多いのではないかと気付いたらいいのだ。たとえば、故人の遺影を近親者が選ぶ時、絶対条件となってくるのが「その人らしい写真」「その人の雰囲気が出ている写真」だろう。でも、目が大きいのがコンプレックスだったのに、遺影はギョロ目が強調されていたり、口が大きいことに悩んでいた人が歯茎が出て笑っているような写真だったり、アゴが出ている人はやっぱりアゴがより出ている写真を選ばれてしまったりということが起こっていると、コラムニストは考えたのだ。

   たしかに、最期ぐらいは自分の納得がいく写真でみんなとお別れしたいものだ。そうでないと、遺影に収められたコンプレックスだけが何十年も生き続けてしまう。イヤだー、それだけは避けたい。最近はCGで遺影も多少は美しく加工してもらえるけれど、あの世の自分が見たら納得できないものが多いかもしれない。

   絶世の美女すら抱えるコンプレックス。そしてコンプレックスあっての自分らしさ。なんともやっかいである。

モジョっこ

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