年寄りにも一人ひとり顔がある―山田太一「キルトのような人間模様」まったく同感

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「キルトの家 前編、後編」(NHK)2012年2月4日21時~

   久しぶりの山田太一、NHK登場である。プロデューサーの1人である近藤晋から、最初は「老人の孤独」というテーマで書いてほしいと依頼があったが、東日本大震災が起り、その後にこれほどの大災害を避けては通れないと思って内容を再構築したのだそうだ。高齢者ばかりの古い団地に、限定期間の入居約束で若い夫婦が入ってくる。南空(三浦貴大・・・百恵の次男!)と妻のレモン(杏)。
   筋を描くのはナンセンスなので省くが、若夫婦にも老人たちにもそれぞれ抱えた負の部分がある。不器用に生きてきた元商社マンの橋場(山崎努)とキルトの家の管理代行の一枝(松坂慶子)が、言わば触媒のように老人と若夫婦の仲をとりもつ。老境にさしかかった山田太一の視点は、当然ながら高齢者側から若者を見下ろしているが、優しい。決して「今時の若者は」と批判がましく言わない。
   若い人間は年寄りをまとめて年寄りと塊りで見るが、人間は何歳になろうが個々別々の人格であり、一般名詞の老人ではないと作者は主張する。人間の尊厳が高齢者という弱者(世間がそう決めつけているだけで山田のような強者もいる)から奪われつつあると言いたいのだ。全く同感である。ただ、悲しいかな人間は自分がその歳にならなければ、高齢者の尊厳などに思いが至らない生きものである。諦観にも似た終わり方だが、レモンの腹には胎児がおり、団地に戻ってきた人もいる。救いある結末にしたい作者の計算がある。

(黄蘭)

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