渡辺あゆみ似合わぬ着物姿で案内した元祖・お目目パッチリ画の中原淳一

印刷

「歴史秘話ヒストリア カワイイに恋して~画家・中原淳一と『カーネーション』の時代」(NHK)2012年2月15日22時~

   戦前戦後の少女雑誌(『少女の友』や『それいゆ』)の表紙を飾り、一世を風靡した画家の中原淳一の生涯。画家といっても筆者の感覚では中原は挿絵画家である。今でいう少女漫画のキラキラパッチリお目目の女の子のスタイル画の先駆者で、戦中時代にちょっとは国策に順じてモンペ姿の少女も描いたが、終始一貫、彼は9頭身(?)で巨大な眼をした現実にはありえない理想の美人画を描いた。
   初耳だったのは、売れっ子で睡眠時間がたったの3時間で仕事し続けたために、僅か45歳の時に倒れ、以後、25年間もの長きにわたり千葉県で療養生活を送ったのだそうだ。突然に消えた理由である。徳島出身、4人兄弟の末っ子で、外遊びより姉たちとの人形遊びが好きだったそうだから、栴檀は双葉より芳しかったのだ。
   作家の田辺聖子やコシノ3姉妹の長女・コシノヒロコらも中原淳一のファンだったと語っているが、戦後に関しては、高畠華宵や蕗谷虹児らの方が挿絵の芸術性では遥かに上だった。また、『少女の友』の表紙絵では、後に細密画のような松本昌美もでる。
   竹久夢二の真似であろうか、案内人の渡辺あゆみアナウンサーが、大正もどきの着物姿で登場した。似合っていないよ、その着物。この人、結婚や離婚でややこしい人で、「黒田」姓か「渡辺」姓かよくわからん。はっきりしてくれ。滑舌もよくない。歴史映像も混ぜながら、淳一の生涯を要領よくまとめた物語の一席。

(黄蘭)

採点:1
  • コメント・口コミ
  • Facebook
  • twitter

このエントリーはコメント・口コミ受付を終了しました。

注目情報PR
追悼

お知らせ

電子書籍 フジ三太郎とサトウサンペイ 好評発売中