G.G.佐藤覚えてる?イタリアで「第2の野球人生」給料も観客も少ないけど十分幸せ

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「ありえへん∞・・・アノ有名人追跡SP」(テレビ東京)2012年6月19日19時~

   本来、筆者・黄蘭はバラエティの担当ではないので、「ありえへん」を取り上げると越権行為なのだが、このSPの中のドキュメント部分を是非紹介したかったので例外で書く。従ってバラエティ批評ではないので悪しからず。ある野球人の大変面白いソノ後である。
   若い頃から髭が濃くて爺臭い顔をしていたので、綽名が「じーじー」で通称まで「G.G.佐藤」と名付けたプロ野球選手がいた。1時は西武ライオンズ(現在は埼玉西武)の4番を打ったこともあった。彼は選ばれた北京オリンピックで2度も重大なエラーを犯した。1つは大切な準決勝の韓国戦で、外野フライの捕球に失敗し追加点を取られ、日本は金メダル確実と言われながら無冠に終わったのだ。
   帰りの飛行機の中で見たスポーツ紙には『A級戦犯、G.G.佐藤』と書かれ、以後、彼の野球人生は暗転していった。だが、彼は思い出したくない失敗を封印して「野球を嫌いなままで終わりたくない」とイタリアへ渡る。週に3回しか試合のないリーグに所属し、一般人は「野球のことは何にも知らぬ」国で明るく野球をやっている。観客は500人ちょぼちょぼ、給料はサラリーマン程度、けれど契約食堂はただで、今の生活を妻子と共に十分幸せに過ごしているのだ。
   よかったなあG.G.SATO。好きな野球がやれて。個人主義の仏国では、他人の為にバントするのは嫌だと反発し、教えていた吉田義男が閉口したのだが、伊国は人情深いからそんなこともあるまいし。

(黄蘭)

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